一時二十分。
      普段なら、帝国のメンバーが揃ってとっくにミーティングが行われている時刻である。
     ましてや、決戦を前にしているということでもっと早くに始まっていてもおかしくはない。
      そう、まだミーティングは始まってないのである。
     「……で、なぜ山代はここに来ていないのだ?」
      と、いつもの格好でそう言ったのは中布利である。
     「ここに、というか予備校にすら来てないみたいですよ。昨日、近所のゲーセンに新しい
     ゲームが入るとか言ってて。どうやらそっちに行ってしまったようですね。」
      相変わらず呑気な口調で返事をしたのは、最前列に座り直した白石。
      現在、ミーティング・ルーム内にいるのは広瀬、津波、古谷、白石の四人と試験を行っ
     ていた中布利、仁科、西村の三人、そして後から来た中村、加えて部屋の隅で平然と
     眠りこけている坪内の、計九人である。作戦主任参謀の安野は戦闘前日、つまり金曜
     日にしか来ないし、原田、堀田の二人は言うまでもない。サボり魔の山代に至っては、
     まあ白石の言う通りである。
      が――
     「しかし、やーまはまだ分かるにしても、エリカ姐さんがいないってのは一体どういうこ
     とだ?」
     「さあ。あの人も予備校休んでいるんじゃない? サボりかどうかは別としてさ。」
     「バカ、エリカさんがサボるはずがないだろうが。お前等二大問題児と顔を会わせたくな
     いという気持ちならまあ、分からんでもないが――」
     「何だと、もういっぺん――」
     「黙れ。」
      中布利は無表情で、三人を制した。瞬時に彼等の口が凍てつくように閉ざされたが、そ
     れでも鋭い視線を投げ合うなどして、言い合いの続きをしている。だが、そこまで中布利
     は相手にする気はなかった。
     「……おそらく、相手の出方を偵察しに行ったと思うのだが。」
      机に頬杖をついて、こちらを見上げるように仁科が呟いた。中布利はゆっくりと双眸だけ
     を彼に向け、そして再び三人の方へと転じさせて、
     「同感だな。本格的なミーティングは明日にもできるのだ、今日は「月槍士」の紹介と戦
     闘訓練をするということで、ミーティングは中止ということにしよう。」
     「了解。」
      苦笑して仁科は、最後列に座っている西村を呼ぼうと席を立った。が、そちらを見やる
     と彼の注意はこちらではなく部屋の隅――即ち、坪内の方へと向いている。
     「……どうしたんだ?」
      気になって仁科は、西村の方へと歩み寄った。それに反応して西村は肩越しにこちら
     を向き、
     「こいつは一体何なんだ?」
     「ああ、彼は帝国の空母を成す存在でな。坪内といって寝てばかりいる――」
     「坪内?」
      仁科の言葉に西村は、すっとんきょうな反応を見せた。
     「坪内って、十三組の……?」
     「ああ、そうだ。何だ、こいつと知り合いか?」
     「ああ、家が近所だからな。そうか、最近姿を見ないと思ったら、こんな所に……。」
      西村は、しばらくブツブツと独り呟いていたが、やがて思い出したかのようにふと顔を
     上げた。
     「……で、何か用か?」
     「ああ、まだお前を知らない人間がいるから自己紹介をしてもらおうと思ってな。おい、
     中村、ちょっと来てくれ。」
      そう言って、仁科は西村から見てちょうど真ん前の最前列にいる中村を手招きした。中
     村はそれを見て、面倒臭そうに――サングラス着用の上、実際には分からないが――
     眉をひそめたが、それでも言われた通りにやってきた。
     「何スか? もう出撃の準備っスか。」
     「そうじゃない、お前は西村とは初対面だから、自己紹介をしてもらいたいのだ。」
      そう言われて中村は――これもサングラスの上からはよく分からないが――よほどウ
     ズウズしているのか、がっかりしたようだった。
     「あのよ、情報主任……明後日には戦闘おっ始めるんだろ? だったらその予行練習とか
     はしないのか? 特に俺とかなっちゃんとか……あと、そこの眼鏡の兄ちゃん。」
     「西村翔、十六組だ。第七艦隊「月槍士」とやらの隊長となった。」
     「俺は二組の中村弘俊。第五艦隊「黒豹」隊長だ。ヨロシク。」
      そう言って中村は握手を求めた。西村は軽く握り返すと、仁科の方に向き直り、
     「それで、戦闘訓練とやらはどうするんだ。また外に出て何かするのか?」
     「……聞こえてたのか?」
      仁科は少なからず驚愕した。別に意識的にではないが、中布利と話すのにそんなに大
     きな声を出したつもりはなかった。が、西村は小さくコクンと頷く。
     「そうか……それなら話は早い。いや、戦闘訓練といっても、今度は実際に“小宇宙”を
     使って何かするのではない。特に裏主砲に関しては先にも言った通り、一度撃てば最低
     でも三、四日は待たないとならない――さっきのような試射は別としてな。それで、今か
     ら行う訓練とは、一言で言えばイメージトレーニングだ。ノーマルショットとオプション機を
     上手く使って、裏主砲でとどめを差す方法を考えるとか、いわば戦術の作成だ。せっかく
     裏主砲が強くても、それを活かしきらないとただそれだけになってしまうからな。」
     「へぇ、こいつの裏主砲って強いのか。なっちゃんとどっちが強いんだ?」
     「『戦女神』の裏主砲“美しき死神”と『月槍士』の“聖者滅殺”は、ほぼ同程度の強さだ。
     ただし、広範囲射撃系の“美しき死神”に対し、“聖者滅殺”は“妖牛斬”と同じ一点集中
     型で設定されている。ちなみに裏主砲の飛距離は“聖者滅殺”が帝国一だ。」
      そう言って仁科は、前列でついに再び騒ぎ出した三人の艦隊長へと目を向けた。同時
     に嘆息混じりに、言う。
     「しかし、うちの主力となるメンバーがあの調子ではな……前に安野がよりよい戦略を練
     るには効果的な戦術が不可欠だと言っていたが――先が思いやられるよ、まったく。」
      しかし仁科は、自分が言った言葉の意味を、この時はまだ知らなかった。
 
      地下。ここには古谷の所属する十五組と、西村の十六組が設置されているが、実はこれ
     らのクラスに所属する浪人生以外の人間にとって、ほとんど意味を持たないフロアである。
     つまり、誰も好きこのんで地下に行く者はいない、ということだが。
      予備校の各階には、フロアの端にトイレが設置されていた。地下といえどもそれは例外
     ではなく、きちんとそれは設置されてある。が、ここにはもう一つ特殊なものがあった。
      普通一つのフロアには三つないし四つの教室が設置されてある。別名「図書館」(といっ
     てもそこには一冊の本も置いてはいないが)と呼ばれる(八、九組共有の)大教室のある、
     五階だけは別だが。だが、地下には二つしか教室がない――
      その代わりにかどうかは知らないが、トイレと点対称を成す位置に、それは設置されてい
     た。扉に付与されているプレートには「倉庫」とある。だが、鍵はかかっていない。
      倉庫なんてものがあるのなら、模試の解答はここに保管されてもいいものなのだが、や
     はり直接管理をしていないと人間というものは不安になるものである(直接管理していても
     連中は平気で盗っていくが)。監視カメラを利用してもいいが、やろうとすれば、それをかい
     くぐって盗難を試みる浪人生なんてどこにもいそうなものである。そのため、ここに保管され
     ているのは、不要な机や椅子、予備のチョークや黒板消しといった、予備校で使用する日
     常用具、その他盗まれてもいいもの、もしくは盗んでも仕方のないもの等といった内容であ
     った。鍵がかかってないのもそのためである。模試の解答や重要書類の類は、全てチュー
     ター達が直接事務室で管理している。
     (まあ、そのお陰で私達、こうやって楽しめるんだけどね。)
      その倉庫の前で気配を殺しながら、彼女はそう胸中で独白した。
     (ミーティングは……もう始まった頃ね。私一人がいなくても……大丈夫よね。私なんかが
     いなくったって、みんなはしっかりやっていけるものね……。)
      続けて、そう自分に言い聞かせる。
      そこでふと、津波や白石の顔が浮かび上がった。あいつらはよく女(つまり彼女のことだ)
     を目当てにミーティングに来ていた。男ばかりのミーティングに、彼等は耐えきれるのだろ
     うか?
     (大丈夫よ……広瀬さんがいるじゃない。)
      彼女は笑って、自分の懸念を否定した。みんなは強い。私のように弱くない。
     (だから……私は私なりの方法で、みんなを手伝いたい。今日一日だけのサボタージュ、
     許してね、澄夜兄さん……。)
      祈るような仕草をして、汐月は目の前の扉に、聞き耳を立てた。
      つい今し方、笹原が入っていった倉庫の扉に。
 
 
 


 
 
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