皇帝・原田の部屋に帝国メンバーが勢揃いしてからは、不思議なほどに部屋の雰囲気は
明るくなっていった。まるで、修学旅行で仲のいいグループが一つの部屋に固まっているか
のように。
その中で、最初に口を開いたのは仁科だった。
「確か、このメンツで全員集合するのは初めてだったな――って、そういや、坪内がいない
んだっけか。」
「んにゃ、やっこさん、ちゃんと来てるぜ。」
「何?」
山代の返事に、仁科のみならず多数が驚いた。山代が顎で指す方を見ると、いつの間に
か坪内が“小宇宙”を被った状態で眠りこけている。
「いなかった! 絶対いなかったぞ、さっきまでは!」
「野郎、とうとう瞬間移動までできるようになったのか。どんどん人間離れしていきやがる
な……。」
それぞれ、指差して絶叫したり眉間にしわを寄せて呻く古谷と安野に、広瀬がいつにな
く落ち着いて、
「あのね、あの人、駅のホームで眠りこけてたから、私が担いできたの。だから、さっきま
では本当にいなかったのよ。」
と教えてやるのだが、二人の驚愕の表情は一向に消えはしない。というよりむしろ、表
情はさらに強くなっている。
「…………どしたの?」
「いや、奴がいつ来たのかは分かった。だけど……」
「私が? 担いで? それって、『私達がおぶってきた』じゃないのか?」
「ううん、山代君が道案内で、中村君が私の分の傘をさしてくれてたから。」
「あ……、そ……。」
二人は納得して(眉をひそめたままで)頷いた。だが、その表情からは、
(話には聞いていたが……)
(顔に似合わず、何たる力だ……)
と、彼等の心の呻きがひしひしと感じられる。
仁科は、一通りその様子を見ていた(彼自身も、驚愕していた)が、ふと我に返って辺
りを見回した。津波や白石は、広瀬に対し、改めて驚愕の表情を見せているし、汐月に至
っては広瀬の意外な一面を見つけたようで、かえって顔を綻ばせている。それにひきかえ、
皇帝・G・ワンダフル原田や中布利をはじめとする上層部は、仁科の方に視線を集めたま
ま微動だにしない……
「……………………!」
そこではじめて、彼は自分が何かを言い出そうとしていたことに気が付いた。仁科は極
力、平静さを保ちながらさっきまでの記憶を辿った。
「ま、まあ、どうやらこの場に全員集合しているみたいだし……新入者の中村と広瀬は、
この場を借りて皇帝陛下と堀田尚書に自己紹介をしてもらおうか。また、皇帝・尚書のお
二方にも彼等に簡単な紹介をして頂きたいのですが。」
「分かった。」
仁科の方を一瞥して、堀田は頷いた。それを確かめるかのようにして、今度は仁科が中
村の方を一瞥する。それに対して彼はコホン、と一つ咳払いをしてから、
「え、と、俺は堀田尚書と同じ二組の、中村弘俊ってもんス。戦闘員・第五艦隊『黒豹』隊
長っス。」
言って、広瀬に目配せした。彼女も中村に習って(?)、一つ、小さく咳払いをして、
「私は、え〜と、原田皇帝と同じクラスで、八組の広瀬菜恵といいます。私も戦闘員で、
第六艦隊『戦女神』隊長です。」
と、ペコッと一つおじぎをして言い終えた。
堀田は、しばらく黙っていた――というより、原田の方を見やっていた。だが、彼の方が
口を開きそうにないので、堀田は自分から自己紹介をしようと思ったらしい。彼は用意し
ていた紙と鉛筆をその場に置くと、辺りを一瞥した。
「俺は――堀田樒。中村も言っていたが、文系二組に所属している。創始者である原田
が、一人だけでは帝国の機能に支障を来す可能性があるため、常に俺はこいつの脇に
いる。そのため、よほどのことがない限りミーティングに顔を出せない。悪いとは思うが、
そのところは勘弁してもらいたい。」
機能に支障を来すというのはつまり、誰かが抑制をきかさないと原田が暴走してしまう
ということなのだが。とまあ、それはさておき――
ひどく、落ち着いた声だった。今まで何回か声は聞いたことがある――とはいえ、こう
やってまともに顔を合わせるのは彼も初めてである――のだが、辺りの雰囲気のせい
か、白石は、今初めて堀田の声を聞いたような気がした。
つまり、彼の第一印象もまた、然りである。
(今まで気付かなかったけど……なんか、雰囲気がゆったりとした人だ……そう、僕の
身の回りの人間には、こんなタイプの人は今までいなかった……。)
(……カリスマ性に富んでいるんだ。)
中布利とはまた違う、何を任せても大丈夫だという安堵感を与えてくれる、そんな男。
(つってもまあ、何が違うって、フリは単に物静かなだけでほっちゃんはカッコイイ、ただ
それだけなのかもしれんがな……)
高校から顔なじみとしての津波の感想は、白石のそれよりかはシンプルなものだった。
だが何にしろ、彼等の心配事は共通しているのだが。
身の回りには変な奴。うち一人だけが一般人。
しかも、それが(背が高くて)カッコイイときている。
この条件を満たす、二人における問題は一つ。
(……だがまあ、こんなことくらいじゃ……)
(広瀬さんが動じるはずもないか……。)
二人は、同時に広瀬の方を振り向いた。
その結果、彼等の双眸に映ったのは顔を薄く、紅に染めている広瀬だった。
そして――彼女の視線の延長上にあるのは、手元に置いといた紙と鉛筆を手に取った
堀田の顔。
「なんでだああぁぁぁぁっ!?」
二人の絶叫に、当然室内の人間は驚愕するわけだが、中布利や汐月はおおかた彼等
の行動を読んでいたらしく、そこらへんに散らばっていた雑誌やら何やらを各々手にし、そ
いつで彼等の頭をはたいてやった。
「まあ、この二人には構わず、続けてほしい。」
と、あまつさえ中布利はそう、平然と言う。
それが合図となったのか、室内はシィ……ンと静まり返ってしまった。どうせ自己紹介
も堀田が訳すのだろうが、それでも皇帝・原田が話すとなると、周りに緊張が走る。そん
な中、原田が扇子をサッと閉じた。その時聞こえたかすかな音に、ある者はうろたえ、ま
たある者は唾を飲む。
そして、遂に原田がその口を開き――
「――って、ちょっと待った。」
どぉぉっ、と緊張の抜ける様が、実際に音になって聞こえてくるようだった。その一言に、
室内の人間全員がため息をついたり、その場に横になったりしている。
「何やなっかん、お前びびらすなよ。いきなり『ちょっと待った』なんてよ。」
「いや、悪い悪い。そんな驚かすつもりはなかったんだけどよ。」
サングラスを光らせ、中村はやけに楽しそうに笑った。つまるところが、今のは狙って
いたということになるが。
「……で? 一体、何があったんだ?」
と、後ろに手をついてあぐらをかく状態で、安野が言う。
「へ、何があったって?」
「だから、待ってもらった理由だよ。何かあったんだろ?」
安野の隣で、彼の代わりに古谷が言う。
言われて中村は、のほほんとした表情で頭を掻き、
「ああ、それね、いや、何かあったんじゃなくて、せっかくみんな集まってんだからよ、“小
宇宙”を使って話し合ったらと思ってよ……。」
そう、彼が言い終える頃には、全員納得顔だった。
「いいね、それ……ていうか、俺も言おうとしてたんだけどな。」
「そうよね、“空母”もここに来ていることだし、いい考えと思うわ、私は。」
山代や汐月も同意し、それぞれカバンから“小宇宙”を取り出す。それに習って、他の
メンバーも“小宇宙”を手に取っていた。
「……では皇帝陛下、こういう経緯と相成ったので、恐れ入りますが“小宇宙”を身につ
けてもら…………?」
そう、原田に言って、仁科は危うく手にしている“小宇宙”を落としそうになった。いや、
それは彼だけにいえることではなかったのだが。
原田は、既に“小宇宙”を被っていた。とはいえ別に、それだけならどうということもな
いのだが。
問題は原田の“小宇宙”にあった。自分達の持っている物とは、何かが違うだろうとは
仁科も踏んでいた。が、それはあくまでも内容であり、皇帝としての機能の違いだと思っ
ていた。まあ、それは外見からは判断できないので、実際はそういった違いもあるのかも
しれないが――
(何じゃ、そりゃあ!?)
あの仁科が、目を剥き、胸中でそう絶叫した。
原田の“小宇宙”は、一言で言うと「派手」だった。だが、それがただ飾りをつけたり塗
料を塗りたくったりと、それだけならまだいいのだが、それにはどこぞの暴走族の車のよ
うに文字が書き殴ってあった。それも、ひらがなで。
後頭部には、唯一カタカナで「グレートワンダフル!」と書かれており、他にはところど
ころ、「さいこう」とか「すてき」などの文字が見えたが、仁科が見て一番めまいを覚
えたというのが、眉間の上の部分――つまり、見て真っ正面の部分のことだが――そ
こに一際大きく書かれている、「むてき」という文字だった。
当然(だろう、多分)、仁科の他にもそれを見て驚愕する者は多々いた。広瀬は異形の
物体を見るような目で白石に(原田のことを)訊いているし、中村は口をポカンと開けて
あっけにとられている。だが、津波や中布利といった、帝国初期からいる人間――つま
り、今までに原田の“小宇宙”を見たことのある者――は、なるべく原田の方を見ない
ようにして、さっさと“小宇宙”を被っていた。堀田に関しては、慣れているのか表情に
変化一つ見せないが。
それでも、しばらくするとミーティングの準備は整い、全員の視界には、宇宙服を着た
メンバーと空母が現れた。同時に、取り仕切り役が仁科から中布利にへと代わる。
彼は(床に座っているので、膝に肘をつく形で)、いつものように手を顎の下で組む格
好をすると、ざっと辺りを見回してから口を開いた。
「皇帝陛下、それではお願いします。」
「ホッホッ。」
それは、中布利に対する返事だったらしい。いくら何でも自己紹介が「ホッホッ」では
話にならんだろうと、古谷は苦笑いを浮かべ、胸中で独白した。同時に、原田に向ける
視線に集中度が増す。そして、原田がまず、堀田へと目を向ける……
その状態が、ものの数秒だろうか、続いた。古谷が疑問に思っているうちに、堀田が
素早く紙に何かを書き始め、それを前に突き出した。それにはこう、書かれている。
『僕は、八組の原田豊です。シャイなので、こんな形でしか自己紹介はできませんが、
みなさんヨ・ロ・シ・ク♪』
ゴスッ、と床に“小宇宙”を打ち据える音が、室内、いやオペレーション・ルーム内に
響きわたった。痛む頭を“小宇宙”の上からおさえ、ズッコけた連中が呻き声をあげる。
だがそれでも、中布利は姿勢を崩すことなく、いつもと変わらぬ声で言葉を紡ぐ。
「……では、本題に入ろう。まず、損傷した『天騎士』と『紅炎』についてだが、これは
後でまた皇帝陛下に修理を懇願することにする。で、“スーパー・ノヴァ”に対してだが、
先に私が第一・二艦隊から聞いた奴等の戦力を考慮すると、現時点での我等帝国の戦
力ではまず、勝利をしうることは不可能に近いだろう。」
「“スーパー・ノヴァ”に対しては、問題視しないのではなかったのですか?」
汐月が、疑問の視線を中布利をに向けた。
「奴等が我々の目的に対し、障害を成す存在となっては、もはや問題視せざるを得ない。
私に対する私怨でなく、目的を同じとする団体となればな。」
「文字通り、ライバルってわけだな。」
中布利の後に続けて、中村がニヤリと笑う。
「つまり、奴等を倒さなければ、今後の我々の目的は果たせないということになる。だが、
笹原の裏主砲――その破壊力と攻撃範囲――だけでも、我々は苦戦を強いられること
になるだろう。が、しかし、」
「それはあくまで、個々としての話だ。」
彼の隣りにいる、安野が続ける。
「現時点で俺達が奴等に勝っている要素は、相手に対する手数だ。俺達帝国の人数が
奴等より多い。すなわちより多くの手を俺達は打てるってわけだ。」
「それって、いつの世も勝つのは数の暴力ってこと?」
「……多少、ニュアンスは違うが、そう思ったら分かりやすいかもな。」
きょとんとした表情で訊く広瀬に、しかし安野は否定しなかった。
「ただ、攻撃の手札が多くても、決定打がなければ話にならない。どんなに有効な戦略を
練ろうとしても、その基となる戦術がなければそれもかなわないということだ。」
「……つまり、私の力が必要ってことね?」
広瀬は、誇るように胸を張った。と、同時に堀田の手が静かに紙の上を滑る――
そして、彼はそれを目前に出した。
『“スーパー・ノヴァ”の戦闘力に対抗するには、“美しき死神”クラスの攻撃力を持つ特
殊な艦がもう一艦必要だ。』
その紙を覗き込んで――大部分の人間は、共通した単語に視点を集めていた。それと
見比べるかのように、広瀬の顔を交互に見る。そして、ある者は含み笑い、またある者は
恐ろしいものを見るかのように後ずさりをする。当の広瀬は、また彼等と同じ単語に注意
を奪われ、ただ一人、観点の違う人間以外の者達に対して何らかの憎悪感を覚え始める。
つまり――中布利を除いて。
彼は冷静だった――いや、いつも通りだった。いつもの、手を顎の下に組む格好。いま
だ崩さずに、そのまま彼は質問を投げる。原田に向けて。
「もう一人――するとあと一人、でいいんですね?」
中布利の問いに、原田はただ静かに頷いた。それが、中布利の双眸に確信の光を灯ら
せる――
そしてそれは、彼女にも火を灯らせた!
「ひっどぉーいっ! 参謀総長だけはそんな人じゃないと思ってたのにー!」
そう叫び、広瀬はダッシュで中布利の首を絞めにかかった。両手に力を込め、それをか
っくんかっくん揺さぶりながら、
「もう一人って何よ? あと一人でいいってどーゆー意味よ!? え〜、そうですよ、どうせ私
は特殊ですよ、普通の女の子じゃないんですよ、フン!」
さすがに苦しいのか、中布利もジタバタし始める。その苦悶の表情は“小宇宙”を通し
ても明確に見て取れた。だが、周りのメンバー達は助けない。そんな向こう見ずの行動
をすると、次はどうなるか容易に知れた。
しばらくそんな状態が続いたが、やがてその矛先は皇帝・原田にも向けられた。
「あなただってそーよっ! 皇帝だからって、私をバカにすると痛い目を見るんだから!」
悶絶寸前の中布利をその場に倒し、広瀬は原田に指を突きつけた。それに対し原田は、
特にどうしたというようでもなかったが、しばらくして「ほっほっ」と笑い出す。
無論、それを広瀬がいいように解釈するはずがない。
「何笑ってんのよ、このバカ殿!」
案の定、彼女はキレて原田につっかかろうとした。が、それを一枚の紙に遮られてしま
う。もちろん、堀田の手にする原田の言葉を記した紙である。
「ほ、堀田さん……。」
広瀬は、実際その紙にではなく、それを持つ堀田に止められた。当然、『性格の特殊性
ではない』という文字の羅列が頬を紅潮させる彼女の双眸には映っていない。だが、それ
は彼女以外の人間の考えを改めさせるには十分なものだった。
「……てことは、『戦女神』が特殊、ということではないということですか?」
持っていた疑問を一番素直に入れ替えた白石が訊いてくる。
しかし、彼に答えたのは原田、もとい堀田ではなかった。首をさすりながら彼は、体勢を
整えてはっきりと言ってくる。
「いや、基本的にはそうだ。だが、それが“戦艦”だけが特殊だとは言い切れまい?
戦艦
の看板、裏主砲は艦長の何に影響されるのか……」
「そりゃ、その人の人格……あれ? そしたら性格の特殊性で合ってんじゃないんですか?」
白石は眉をひそめた。が、それ以上中布利は疑問に答えようとはしない。
白石は、その疑問の視線を堀田へと向けた。彼もまたしばらく黙っていたが、やがて軽
く肩をすくめてみせる。
「……まあ、そのうち分かるさ。」
その時見せた堀田の笑顔は、白石には少し意地悪げに見えた。
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