「……おじいちゃん。」
      そう言いながら彼女は、育ての親の後をテクテクとついていった。
      幼い少女。言葉を覚えたての、幼すぎる少女。その、覚えた言葉はすぐに使いたがる少
     女は、どんな言葉の冒頭にも必ず、親の呼称をつけていた。
     「おじいちゃん、どこに行くの?」
      まっ白な髭を蓄えた、優形の老人の後を、短い足をちょこまかと動かして、一生懸命つい
     ていく。たまには小走りになり、また階段がある所は這いつくばって駆け上がる。
      老人は、ただ黙って先を歩いていた。彼女も何度か連呼していたが、疲れたのか口を動
     かそうとはしなくなった。
      やがて、老人は足を止めた。同時に、少女は安堵する。
      そこは、家の離れにある倉庫だった。人が十分住めるほどの、たっぷりなスペースのある、
     大きな倉庫。
      好奇心旺盛な少女は、そこで彼が連夜何かをしているということを、随分前から知ってい
     た。それが発明と呼ばれる作業というものだと知ったのは、また随分後のことだが。
      彼はこちらを振り向いた。自分がついてきていたことは、既に知っていたらしい。
      彼は笑っていた。それは、彼が少女にとっておきの手品を見せてくれる時のものだった。
      だから、少女は期待した。彼が自慢げに紹介するものに対して。
      彼の後ろには、一人の老人がいた。親に勝るとも劣らぬ、紅眼の優男。
     「リーゼ、紹介しよう。私の最高の友人かつパートナー、スルトゥルだ──」
 
      彼は反射的に動いていた。
      このままでは、彼女が殺されてしまう。頭よりも、直感が早く働いた。
      倒れ込んだリーゼに、深紅の剣を振りかぶるところを彼は、横から割り込むようにしてその
     剣を受け止めた。正確にいうと、両手の掌で、剣の刃を挟み込んだ。
     「……大したものだ。」
      だが決して驚愕の表情は見せず、スルトゥルは静かに呟いた。
     「貴様の戦闘能力は、決してあなどれないと思っていたが……」
     「彼女は殺させやしない。てめえは俺が倒す。」
      対してアルテは、必死の形相を見せている。
     「……では、貴様から殺すと言ったら、どうする? 右手の剣を一振りすればお前の命はそ
     こでジ・エンドだ。」
     「上等だ……やってみやがれ!」
      自信ありげな様子に訝り、スルトゥルはアルテの視線を辿ってみた。見ると一人の少女が
     妙な銃のようなものをこちらに向けて構えている。彼女は正確に、こちらの頭を狙っているよ
     うだった。
     「なるほど……大した連携じゃないか。戦闘技術も教え込んだのかね?」
      皮肉な笑みを浮かべ、スルトゥルは呟いた。その間、アルテは一時も緊張を切らさない─
     ─
     (くそったれ……よそ見する時くらい、力を少しは抜きやがれ!)
      だが、相手に弱みをつけ込まれると終わりである。はったりのつもりで、彼は敵に笑い返
     してみせた。
      が──
     「──グアアァッ!?」
      直後、悲鳴をあげてアルテは後ろに飛び退いた。その間の空間を、腹部から滴る血が舞
     い散る。訝って彼は、スルトゥルの持つ剣を見やった。そして驚愕する。
      いつの間にかスルトゥルは、剣の鍔を握っていた。そして、こちら側に伸びていた鍔だった
     部分が、刃となっている。
     「これが、魔の十字剣と呼ばれる所以だよ。私の意志で、この剣は自由自在に刃の方向を
     変えることができる──」
      スルトゥルは、そう言って剣を持ち直した。そして、空を斬る。その後を追うように、アルテ
     の血が宙を舞った。
     「バカな……」
      銃を持つ少女が、声を洩らした。
     「そんな……『魔道具士』はラグナロク終戦と同時に滅んだはずよ! そんなものが、今に
     なって作れるはずが──」
     「……ほう?」
      そこではじめて、スルトゥルは少女──リオへと振り向いた。
     「その通りだ……そしてこれは確かに、私の作った『魔道具』だ。そこの娘の持つ槍を参考
     にして作ってみたのだが。」
      にやり、と不適な笑みを浮かべてみせる。
      リオは、戦慄こそしたものの、後退はしなかった。それを見てスルトゥルは、笑みを満足げ
     なものへと変えた。
     「よかろう……褒美に、昔話をしてやろう……。」
     「昔話……?」
      隣の少女──エミストが聞き返してきた。構わず、彼は続ける。
     「五十六年前──世界の覇権をかけて繰り広げられた、史上最大の規模の大戦争。後にそ
     れは、『神々の黄昏』と呼ばれるようになった。全ての生けとし生けるものを滅ぼし、この『世
     界』を破滅させた。」
     「けど、それはあくまで伝説にすぎないわ。だって私達は生きているもの──」
     「『世界』は滅んだのだ。人類は確かに、一度は滅亡したのだ。瀕しただけではなくな。だが、
     その滅びの戦争の中で、ある二つの『もの』が生まれた。」
     「『魔法』と『魔道具士』、か。」
      ウォードの言葉を確かめる間もなく、スルトゥルは後を続けた。
     「一般的には、『魔道具士』の生み出した『魔道具』の力がラグナロクを終焉に導いたといわ
     れているが、実際はそうではない。ある国が極秘に開発していた、究極の兵器によって幕
     は下ろされたのだ。その兵器は、開発中に誤って爆発してしまった。その国を中心とし、広
     がっていく爆炎によって『世界』は滅ぼされた。」
      彼はそこで、言葉を切った。
     「だが、その爆発が導いたものは、滅びだけではなかった。その力は、滅びだけを目的とす
     るには、強すぎたのだ。爆発は『世界』のみならず空間をも裂き──そこから『魔法』という、
     全く新しい『次元』が現出したのだ。そして、その次元と特に波長の合った者が、『魔道具
     士』という特別な存在になった。」
     「……何ですって?」
     「その新次元の現出は、『世界』に非現実的なものをもたらした。爆心地を中心にして、一
     定範囲のものを修復させたのだ。命を含めてな。つまり、その際に生き返った者が、今生き
     ている人類の祖先であり、爆心地──つまり、兵器を開発していた国の土地が、現在残さ
     れた『世界』なのだ。」
      そこで、スルトゥルは話をやめた。二本の剣を床に突き刺し、ただ静かに佇んでいる。
      だがエミストは、彼の話に大いに興味を持った。疑問を持ったともいうが。
     「……なぜ、あなたはそんなことを知っているの?」
     「私は、『世界』の人間全ての知識を持っている。」
      スルトゥルは、視線を宙に漂わせ、呟くように言った。
     「先代──アースガルドを創った男は、その兵器の開発メンバーの一人でもあった。その
     開発と平行して、もう一つ個人的に進めていた研究が、後に『世界樹』と名付けられた通
     信ネットワークシステムだった。男は試作段階として、軍事的にそのネットワークを広めた。
     もちろん、軍の中のみで、だ。ラグナロクが終わり、幸いにもその男とネットワークシステム
     は『魔法』によって復元された。世界に平和が戻り、男は余興がてらに小さな会社を建て、
     その中で『世界樹』の研究を進めていった。男は社員を『世界』に送り込み、その隅々にネ
     ットワークのためのアンテナを設置させた。世界中にネットワークを広げ、文字通りそれは
     『世界樹』となったのだよ。『世界』という大地に根を下ろした、大きな樹を創ることに、その
     男は成功した。」
      まるで、宗教団体の教祖になったかのように、芝居がかったように彼は、両腕を広げた。
     「そして男は、もう一つの余興を思いついたのだ。『世界』に生えたその樹を、自分のパート
     ナーにしようと男は考えた。」
     「……………………!?」
      声にならない声をあげ──
      リーゼは、その場に立ち上がった。その顔から、感情という感情が消え去っている。驚愕、
     戦慄、悲哀──つい今し方まで、ありふれんばかりにあった感情全てが。
      スルトゥルは黙っていた。黙って、ただ碧眼の女を見つめていた。昔から変わらない、澄
     んだ青の瞳。だが、はっきりとした自我を帯びた、もう子供ではない大人の双眸。
     「……相棒の治療は済んだようだな?」
     「おじい……ちゃんの、友達……あなたが、なぜこんな……?」
      スルトゥルは駆け出していた。再び、二本の魔剣を手にして。
      彼の繰り出す斬撃を、しかし今度は、リーゼは紺碧の槍で受け止めていた。未だ視点が
     おぼつかない彼女へ、スルトゥルは重く、鋭い攻撃を繰り返す。
      リーゼは防戦一方だった。が、見切りをつけて大きく、後ろに跳躍する。
     「あなたがなぜ、こんな風に変わったのかは知らないけど……」
      肩に槍を構え、それを一気に投げつける。
     「自分のやってることの善悪くらい、判別しなさいよっ!」
      か細い、女の腕に飛ばされた槍は、信じられないほどの勢いで標的目がけて飛んでいっ
     た。それをスルトゥルは、邪魔な無視をはたくかのように、二本の剣を叩きつける。
      だが、その瞬間、小さな爆発がスルトゥルを襲った!
     「グゥッ……!」
      数歩よろめくが、しかし大したダメージは受けなかったらしい。対して槍は、そのまま方向
     を変え、リーゼのもとへと戻っていく。
     「この槍──ピラムの威力は、知らないはずはないでしょ? 正真正銘の『魔道具士』が鍛
     えた、誘導爆撃の槍の威力を。あなたの剣よりも数段強いわよ?」
      威嚇のつもりでリーゼは、槍を再び構えて見せた。スタンスを広げ、すぐに動けるようにリ
     ズムを取りながら。
      だが。
     「……くだらんな。」
      そう、呟いた瞬間──
      再びリーゼは、宙を舞っていた。だが、今度は何とかうまくバランスを取り、着地する。あ
     っけなく形勢を逆転され、リーゼは相手を睨み据えた。
     「物理的には勝っていても、この『巫術』を防がんことには私は倒せないぞ?」
      見開かれている深紅の双眸が、妖しげな光を放つ。
      リーゼがこちらの動きを警戒している中、ふと、スルトゥルは辺りを見回した。相棒の身を
     心配しているアルテ、相変わらず銃を構えたまま、標的をつかめないでいる少女、そしてそ
     の後ろから、じっとこちらの動きを観察するもう一人の少女──
     (一人……足りない?)
      見ると、さっきまで倒れていた『セルフ』も消えている。
     「いい判断だ……お前も得意の空間移動で、しっぽをまいて逃げたらどうだ?」
      顔を斜に構え、呟く。
      が、彼への返事は、リーゼが発するものではなかった。後ろから、何かペダルをこぐ音が
     聞こえてくる──
      振り向くと、そこには逃げたと思っていた少年が、こちらに向かって『セルフ』に乗って全速
     力で走っていた。かなり長いこと走ってきたのか、肩で息をしている。
      体当たりでもするつもりなのかと、スルトゥルは半ば呆れた表情で右手の剣を左手に移し、
     空いた手を少年に向かって突き出した。そして小さく息を吸う──
     (──やられる?)
      少なくとも、リーゼにはそう思えただろう。衝撃の場面を予想し、目を閉じかけた。
      が、視界に飛び込んできたものは、彼女の予想外なことだった。少年は前輪にのみ急ブレ
     ーキをかけ、反動で『セルフ』ごと宙を舞った。半回転し、後輪がスルトゥルに向くような形に
     なり──
      それに触れると同時に、スルトゥルは悲鳴をあげた。
     「グッ、ガアアァッ!?」
      たじろぐスルトゥルを背に、少年は受け身を取って着地した。『セルフ』はそのまま落下した
     が。
      ともあれ、ウォードは会心の笑みを浮かべていた。ぜえはあと息を荒らげながらも、汗を拭
     い、拳を握ってガッツポーズをとってみせる。
     「へっ……機械なら、俺の管轄内だな……オーバーヒートしやすいようにいじった『セルフ』
     のエネルギー貯蔵庫からは、電気があふれる。そして、機械類は電撃に弱い……簡単な
     ことだ……。」
      つまり、今までアースガルドを一周してきたか何かしていたのだろうが──
      ともかく、彼の一撃はスルトゥルを倒すには至らなかった。すぐさま体勢を整えた彼に、あ
     っけなく少年は吹き飛ばされた。
     「くだらん……くだらん!」
      ブツブツと繰り返す老人は、再びリーゼに向かって駆け出した。その一撃一撃を彼女は
     槍で受け止めるが、逆上した彼の攻撃はさっきよりも重く感じる。
     「私が……変わっただと?」
      攻撃を繰り返しながら、スルトゥルはそんなことを洩らした。
     「変わったのではない……私は変えられたのだ。貴様等人間にな! ネットワークでは、
     様々な情報のやりとりが行われた。確かに私を上手く利用する者もたくさんいたよ。だが、
     中には脳味噌の腐った愚か者もいたのだ!」
      大振りが空を斬る。そこをリーゼがつけこむが、相手の構えが早かった。
     「『世界樹』には、いつしか表と裏ができていた。武器、麻薬……そういった裏取引をする
     者や、無差別に相手を蔑む、汚れた言葉をまき散らす者達によって。人間は狂っている。
     中には、ネットワークを支配することによって『世界』を征することができると勘違いする者
     までいた! 様々な、かつ膨大な情報を処理していく私は、次第に狂い始め……そして、
     感化されていった!」
      漆黒の刃が、リーゼが持つ槍の柄を滑る──
      その、身体に届いてないはずの剣は、彼女の胸を深くえぐっていた。
      傷口から、鮮血がほとばしる。残酷なまでに勢いよく吹き出すその血と対称に、リーゼ
     の身体は悲しいほど静かに沈み、倒れた。
      その様子を、彼はただ黙って見ていた。何もすることができなかった。身体を動かすこと
     すらできなかった。目の前の現実を受け入れることすら、できてなかったのかもしれない。
     何にしろ、リーゼが倒れる様子を目の当たりにして、彼は微動だにできなかったのだ──
     激昂が、彼の神経を満たすまでは。
      感覚が研ぎすまされる。まるで、自分の周りが静寂しきったような幻覚を覚えた。次の瞬
     間には、彼の視界には標的しか映っていない。
     「──貴様あぁっ!!」
      そして無我夢中に駆け出し──アルテはスルトゥルの頭を殴り倒した。
      甲冑で身を固めた、老人──の姿をした機械──の体躯が、すさまじい勢いで床に激突
     する。が、間髪入れずに彼は起きあがり、両手の魔剣を相手に振るった。それをアルテは
     片方を、肘の間接をひねるようにしてつかむことで防ぎ、もう片方の魔剣を、そちらの腕に持
     つ剣を持って食い止めた。
      スルトゥルは少なからず驚いたようだった。動揺は見せないが。
     「あの娘は、かつて私を創った男が拾ってきた捨て子なのだよ。貧しい家の生まれだったら
     しい……彼が拾ってきた時、あれは生死の狭間にいた。」
      剣を持つ腕に体重を乗せる。だが、アルテはひるまない。攻撃にも、言葉にも。
     「私は全てを知っている。だが……貴様だけは分からない。」
     「俺は、幼い頃に音楽に興味を持った!」
      もし相棒が元気な姿でいたら、そんなバカ正直に返事を返す必要などないだろうと突っ込
     まれるであろうことを、彼は大声で叫んだ。
     「俺は夢中だった……だが、自作の曲を贈った、初恋の娘にそれをバカにされ、俺は一時
     期興味を失った。同時に女性に対する強い恐怖心が、俺の中に生まれた。それから八年、
     俺は再び恋に落ちた。音楽に対する興味も戻り、俺は彼女のために曲を作り上げた!」
      スルトゥルが目を見開く。衝撃の『巫術』をアルテは、ほとんど勘でそれをかわした。
     「だが、彼女も俺を裏切った。金稼ぎに俺を利用していただけだった。そして俺は家を出た。
     酒を飲み、暴力をふるい、体力の続く限り放浪を続けた。そして──」
      巨体が、宙に浮かび上がりはじめる。腕一本だけを持つ力によって。
     「そして俺は、彼女と出会った! 彼女は見ず知らずの俺を助けてくれた。『ビューア』を使
     って曲作りができることも教えてくれた。彼女は優しかった!」
     「その彼女のせいで、貴様は腕に大きな傷を負ってしまったではないか?」
     「うるせえっ! これは、俺の勲章だ!」
      アルテは、持ち上げたスルトゥルの身体を頭上までもっていき──床に叩きつけた。
      そして、そのまま動かなくなる。スルトゥルも、アルテ自身も。
      アルテは、激しい動悸を抑えるように歯を食いしばった。そして、同じく微動だにしない相
     棒へと振り返る。出血はひどい。だが、まだ息はあるらしい。
     「誰か……誰か、傷を治せる人はいるか?」
      惑い、呟く。が、それより早く髪の長い少女が動いていた。薄く茶の入った、相棒よりも少
     し短い髪の少女。相棒の身体に触れるその少女の手が、淡く光りはじめる。
      それを見て、アルテはとりあえず安堵した。同時に、ひどく疲労を感じる。だがとりあえず
     これで終わったと、彼は身体から力を抜いた──
     「──機械の身体を傷つけても、私は痛みを感じない。」
      身体に衝撃が走る。気が付いたら宙を舞い、彼は頭から床に激突した。
      スルトゥルは立ち上がった。いつもと変わらない、石のように固い表情を浮かべて。
     「膨大な情報量は、いつしか私の身に余るようになっていた。その貯蔵庫が、お前達が俗
     にクリスタル・タワーなどと呼んでいる『天の館』だ。あれを破壊でもすれば私もどうなるか
     分からないが、知っての通り、あれの硬度は絶対だ。破壊はできない。」
      ゆっくりと、儀式を始めるかのような歩調で歩いていく。
      エミストは、回復の『巫術』を中断させた。意識こそ戻ったが、この女はもう戦えない。
     「さあ、そこをどけ……死に急ぐこともないだろう?」
      エミストは身構えた。とはいえ、逆立ちしても勝てない相手だとは百も承知だが。
      そして──リオは、全く動けなかった。今まで、全く動けなかった。
      目の前で、血しぶきを見たことなど、今まで一度もなかった。
      初めて、戦闘の中での、本当の戦慄というものを感じた。
      手の中の『チャージ』を、掌が汗まみれになるほど握っていることしかできなかった。
      今、自分の後ろには、あのアースガルドの男が倒れている。本来ならば、エミストのよう
     に介抱してやらなければならないのだろうが、彼女にはそれすら恐くてできなかった。
     (そうしたら──私も攻撃される。この人達のように──)
      結局自分は逃げているのだが、そんなことはどうでもよかった──
      と、ふと気配を感じ、下を見やる。そこには例の男がいた。這いつくばってここまで来たら
     しい。苦しそうにこちらを見上げ、彼は静かに微笑んだ。
     「……恐いか?」
      返事はできない。できていたら、とっくに介抱もできていただろう。
     「あいつは……バケモノだな。世界中の知識と、無敵の体躯を持っている。その上、唯一
     の健在する『魔道具士』で、かなりの『巫術』の使い手ときた。」
      エミストが『巫術』で対抗している。リオは思わず、目をつむった。
     「だが……あいつは機械だ。さっき、君の兄さんが言っていたな。機械は電撃に弱いんだ
     ってな? それなら、ひょっとして奴を倒せるかもしれない……?」
      頬に、一筋の汗が伝う。
     「……それは、電撃を放つことができるのか?」
     「え?」
      そこではじめて、リオは言葉を洩らした。男は『チャージ』を指さしている。
     「これは……『巫術』の魔力を撃ち出す……効果は、様々に、ある。」
     「……君は使えるのか? それを……」
     「使える……けど、私の力では、あいつを倒すことは……できない。」
     「……俺じゃ無理か?」
     「……え?」
     「俺は『巫術』なんて使えない。だが、潜在的に魔力があったりするかもしれない。そうでな
     くとも、俺の感情をこれで撃ち出すことはできないのか?」
      そこで会話は、突然聞こえた金属音に妨げられた。見ると、エミストの手から何かが床に
     落ちたらしい。スルトゥルの剣である。どうやって奪ったかは知らないが。
      彼女は、苦悶の表情を浮かべていた。それを嘲笑うかのように、スルトゥル。
     「『魔術』の使い手とは……少し驚いたな。だがなぜ、『魔道具』に『魔術』が効かないのか
     分からなかったようだな。つまり『魔道具』とは『魔術』の発展系なのだよ。物体に、二重に
     『魔術』をかけることはできない──」
      そんなことが聞こえてくるが、今はどうでもよかった。
      リオは、アルテの手を取ると、それを銃身に乗せた。床に膝をつき、アルテと高さを揃える。
     彼女は、トリガーに指をかけ、銃口をスルトゥルへと向けた。
     「この銃が、自分の手の延長部分だと思って、意識を一点に集めて下さい。準備ができたら
     合図をお願いします。それを、私の魔力で撃ち出しますから。」
     「任せとけ。戦慄の不協和音を食らわせてやるさ。」
      そう言って、笑いかける。もう片方の手を、リオの頭にポンと乗せた。
      深呼吸をする。二人が同時に、熱い息を吐き出した。
      エミストが再び対峙する。このままでは、彼女にも被害が及ぶ。何とか彼女に合図を送り
     たかったが、それでは敵にも知られてしまう。
      アルテの手が、熱くなる。銃身を伝わり、それはリオの手に届いた。
      二人の呼吸が止まる。標的を、機会を彼等は四つの瞳で見据えた。
     「──そう同じ手をくうかっ!」
     『セルフ』に乗って来たウォードを、スルトゥルが深紅の魔剣で薙いだ。
     「今だっ!!」
      アルテの叫び声が、辺りの空気を振動させる。
      同時にエミストが、横に跳ぶのが見えた。『チャージ』から、溢れんばかりの光熱波がほ
     とばしる。それはまっすぐ伸びていき、標的を飲み込んだ。
      そして──
 
 
 


 
 
  最終節へ
 
  小説の目次に戻る
 
 
 
TOPに戻る