会議室は、至って静かだった。
その理由は、誰しもがよく分かっていた。大して被害がなかったとはいえ、『ヴァルキリー』
の大黒柱である創立者が、全く歯が立たなかったのだ。その上、『巫術』使いの筆頭であ
るリオの術は無効化され、軍師であり最も冷静でいられるエミストは、足がすくんで身動
きが取れなかったのだから。それも、たった一人相手に。
桁違いの実力を見せつけられ、主力である当事者達は今や戦意を喪失しかねていた。
会議を開くと言い出したのは、当事者の一人であるヴァルグだが、未だに会議を始めよう
としない。
「──さて、」
長い沈黙を破り、彼は机の上で軽く手を組む形を作った。
「全員、揃っているな……それでは、会議を始める。だがその前に、昨日アースガルドの兵
士から聞き出した情報を軽くまとめたいと思う。」
そう言って、エミストへと視線を向ける。彼女はヴァルグのやや後ろ──全員が見えるよ
うに設置されている黒板の前に立つと、チョークを持ってそれに書き始めた。
「アースガルドは、みなさんもよく知っている通り、近辺の数都市を武力行使で支配する浮
遊都市のことです。あれがどういう原理で浮いているのかというのは、名前までははっきり
とは分かりませんが、内部にある世界最大の『魔道具』によって、決まった軌道に沿って都
心からこの近辺まで、往復約五十キロを周期二日で行き来しているようです。浮遊している
ため、一般の人間の立ち入りは不可能であり、空からはアースガルド特有の信号を持つ乗
り物でしか出入りはできません。仮に、その乗り物を奪って乗り込んでも、乗組員の持つID
ナンバーがないと作動すらしません。」
そこまで一気に言いながら要点だけを抜き出し、黒板に書く。そしてひと休憩入れ、さらに
続ける。
「では連中は、陸上部隊をどうやって行き来させているのか? これに関しては、一日に二
度、昼と夜に『ビフロスト』と呼ばれる橋が定位置からかかるようになっており、そこから移
動しているようです。」
「『ビフロスト』?」
昨日、見張りに出ていたのだろうか。二十歳過ぎの長髪の男が訊いてくる。
「虹の橋、という意味らしいです。まあ、深い意味はないのでしょうが、」
言ってエミストは、チョークを黒板に滑らせる。
「つまり、我々が進入するとなると、これしか方法がないのです。ただし、ここから近い方の
所には昼に架かるため、こちらを利用するのはあまり得策とは言えないでしょう。また、向こ
うの人員構成についてですが、トップはご存じの通り紅眼のスルトゥル。その下に、将軍職
である上階級兵士がいるわけです。詳しい人数は、残念ながら下級兵士には知られてない
ようで、聞き出すことはできなかったのですが、それほど多くはいないでしょう。また、昨夜
襲撃してきた黒ずくめは、この将軍職の一人と見ていいと思われます。」
「そりゃ、そうだろうなぁ。」
「あんなのがゴロゴロいちゃ、たまったもんじゃないからなぁ。」
ボソボソと、そんな話し声が辺りから聞こえてくる。
「あとは、その下級兵士が、まあ……これはあくまで私の推測なのですが、三、四千人近く
いると思われます。以上が昨日、アースガルド兵から得た、大まかな情報です。」
そう言ってエミストは、軽く手をはたいて自分の席へと戻った。
「ありがとう……まあ要するに、こういうわけだ。我々は結成して半年たつが、まだ十分に
敵を知ってはいなかったらしいな。」
辺りを見回すようにして、ヴァルグ。その言葉に、波紋が広がるように部屋が静まってい
く。彼は後を続けた。
「まとめは以上だ。何か、質問があったら言ってきてほしい。」
とはいえ、全くその言葉に反応がない。もちろんこのことはヴァルグも予想していたし、こ
こにいる者全員も同じ事を考えていたのだが。
「……あのぉ、」
そう言っておそるおそるというように挙手してきたのは、先程の長髪の男である。
「こういうのも何ですけど……そんなに強いヤツが何人もいるって連中に、俺達のような一
般人が──しかも、たったこれだけの人数ではどうしようもないと思うのですが。」
同感という声が、辺りから沸いてくる。
そしてそれは、次第に広まり強くなっていった──ヴァルグが再び口を開くまで。
「……皆の気持ちも分からんでもない。だが、ここで我々の意志を消してしまえばそれこそ、
今までの努力が水の泡となる。半年前に、こう言って我々は永劫団結を誓ったではないか。
『巨大な恐竜も、知恵と勇気さえあれば小さなアリでも倒すことができる』と。」
「ですが、あれだけ現実を見せつけられては──」
彼と一緒にいた、昨夜の見張りの一人が、身を乗り出して抗議した。それに対して、ヴァ
ルグは無言で視線を向ける。相手がこちらのいわんとすることを察知し、その男が席に着く
のを確認すると、
「我々には『勇気』がある。もっとも、今は多少なり削がれてしまっているようだが……しか
し、それ以上に足りないのが『知恵』だ。我々が強大な敵に立ち向かう『勇気』はあれど、
それを活かす『知恵』がないと、せっかくの『勇気』もただの愚行になりかねない。我々の
士気が低下しているのは、まさしくその『知恵』の不足に気付かされたからだ。」
「けど、逆に言うとその『知恵』を手に入れれば、我々にアースガルドを倒せる糸口が見え
てくる──そういうことですね?」
「そうだ。」
ウォードの言葉に、あまり感情を表に出さないヴァルグは珍しく、満足げにうなずいた。
「ただ、その『知恵』というのは、よほど普通では考えられなく、破天荒なことなんでしょうね。
何せ、駒を並べた盤をひっくり返さなきゃいけないんだから。そんなルール違反を堂々とで
き、しかも簡単にごまかせられるような『知恵』が、果たしてこの世に存在するのでしょうか
……どうでしょうかねぇ、軍師殿?」
あまりの困難に気の触れた、というよりはいささか楽しげに見える表情で、ウォードはエミ
ストに目を向けた。それを追うようにして、全員の視線が彼女に向けられる。
エミストは、ただ黙ったままそっけない表情を見せていた。それはいつも彼女が、とってお
きのいたずらを思いついた時に見せる顔だった。