地下には、四つの部屋がある。
階段を下りて通路を右に曲がると、それらの部屋の扉が見える。一番奥の突き当たりが、
武器・食糧の倉庫であり、左手の部屋が訓練場である。この部屋の周りには、特殊な壁を
使っているため、ある程度の衝撃は吸収できるようになっている。右手の手前は、図書室
がある。歴史や地理、文庫も中にはあるが、その中で最も比率が大きいのが『巫術』に関
する本である。
『巫術』とはまあ、いってみればいわゆる『魔法』のようなものなのだが、正確にいえば感情
を身体の外に具現させる手段である。呪文の類を唱える必要はなく、ただイメージを作り、
精神を集中させてやればいい。その効果は様々であるが、主に傷や精神の回復である。ま
た、感情の意識を反転させることで、逆に相手を傷つけることもできる。他にも相手の精神
に変化を伴わせることもできるが、発動条件は、術者が対象に触れることである(自分自身
に対しては例外である)ため、あまり攻撃手段としては利用できない。だが、回復手段とし
ては重宝するため、レジスタンスの中にも(特に女性が)この『巫術』を習得しようと思ってい
る者は多い。一般人の中にも『巫術』を扱える者はいるが、それは医者やその道の研究者
といった、ごく一部の人間である。しかし『魔術』と違って『巫術』はイメージが単純であり、
個人差はあれど大抵の人間が扱うことができる。あまり部屋が大きくないためこの図書室
にはさほど多くの本はないが、それでも利用者は日々絶えない。
そして、その奥──右手の奥の部屋が、問題の空き室である。
リオ達三人を連れたヴァルグは、扉の前まで来るとノックをした。部屋の中から返事がする。
「……どなたですか?」
「私だ。入るぞ。」
「どうぞ。」
ヴァルグがドアノブに手をかけるまでもなく、その扉は開いた。そんなに広くない部屋に、
二十人ほどだろうか、輪を作るようにして佇んでいる。そしてその輪の中に、紫の制服に身
を包んだ──ただし、ところどころ破れていたりはするが──二人の男が、傷ついた顔で腰
を下ろしている。彼等の足下には、これまた紫のベレー帽が転がっている。縄で縛るとか、
拘束はしていない。どうやら、彼等は反抗する気力さえ失せているらしい。
最初に見て、三人は少なからず驚いたようだった。エミストが眉をひそめ、言う。
「拷問……してなかったのですか? 本当に。」
「してないさ。ただ、最初の乱闘でこうなっただけだ。」
「俺達だって、少しはやられたさ。ホラ。」
そう言って、彼等──『ヴァルキリー』の中でも体格のよさでは群を抜いている者達が腕
をまくったり、あるいは足を見せたりしてそれぞれの傷を見せた。だが、そのどれもが床に
崩れている兵士のそれとの、比にならないほど軽いものである。
「過剰防衛……ってヤツかな、これって?」
「ま、まあ……向こうもワルなんだし、ねぇ?」
ひそひそと、女二人が彼等に聞こえないように話す。もっとも、ウォードには聞こえていた
のだが、当然ながら、彼は聞こえないふりをしておいた。
「……それで? 彼等からは何か、情報は聞けましたか?」
「それがさっぱりだ。下っぱなんだから、口が軽いもんだと思ったら大間違いだ。とっととし
ゃべったら楽になるってのに、連中さっきからずっと黙ったままさ。」
「やっぱり……」
「してたんだ。拷問……」
さっきより沈鬱な声で、彼女達。無論、ウォードの耳には右から左であるが。
「そこで考えてたんだが……リオちゃん。君の術でいっちょ、吐かせてくれないかな?」
さっきの、腕をまくった男がそう言った。
「え、いや、まあ気持ちは分かるけど……あまり触れたくもないかな、って……それに私、
近づいたら何されるか分かんないし……」
「そう言うと思ってな。用意してたのさ、ほらっ。」
そう言って、男がリオに投げ渡したのは、一丁の銃のようなものだった。ただしそれには
カートリッジのようなものはないようで、さらに取っ手も妙に大きく、そして妙な形をしている。
何にしろ、リオがそれを手にした途端、表情が一変した。にわかに明るくなり、誰に告げ
るというわけでもなく、言う。
「な〜んだ。それだったらそうって言ってくれなきゃ。まっかせときなさい。」
おお、というざわめきが部屋の中を飛び交った。中には拍手をする者もいる。ウォードやエ
ミストに至っては、また始まったというような顔をしている。その後ろにいるヴァルグは、特
に何も表情は見せなかったが。
だが、さすがに制服の男達はその言葉に──というより、彼女の持っている銃に──驚
いた。そのうちの一人──短髪を青く染めた、やせぎすの男が慌てふためき、喚く。
「やっ、やめてくれっ……助けてくれーっ!」
よほど怯えているのか、男はそれ以上何も言おうとはせず、また立ち上がることもできな
いまま、その場で震え上がった。だが、もう一人の方──体格がいい、というよりは小太り
といった感じの、髪の赤い男はリオを睨み付けたまま、微動だにしない。
「……あなたはどうなの? これが恐い?」
リオがそういうと、男ははじめて笑みを浮かべた。
「撃てるもんか、てめぇみたいな小娘に。しょせん、ガキだ……まあ、撃ちたきゃ撃ちな。撃
てるものならな。そん時ゃてめぇは、殺人犯だ。」
「あら、私、何もあんた達をこれで撃ち殺すつもりじゃないんだけど?」
「……え?」
二人の男が、揃って間の抜けた声をあげた。同時に、リオが銃を構える。
「いくら下っぱといっても、アースガルドにいるのなら……いや、別にそうじゃなくても『魔道
具』のことくらいは知ってるわよね?」
「ばっ……バカにしているのか?」
撃ち殺されることはないと知って少し安心したのか、さっきより幾分声を大きくして赤髪の
男が言う。
「文字通り、魔力を機動力とする機械のことね。『魔術』は物を媒体にして魔力を放つから、
大抵は『魔道具』を使うのは『巫術』使いってことになるんだけど……この銃はね、『チャー
ジ』っていって、普通は相手に触れないと『巫術』は使えないんだけど、その効力──つま
り魔力を飛ばしてくれるものなのよ。この取っ手に手を当てて、魔力をこめるの。ま、つまり
魔力を弾にしたものと考えてもらえればいいわ。ここまではいい?」
「おしゃべりな小娘だ。撃ちたいならさっさと撃っちまいな!」
「言われなくてもそうするわよ……それで、私はあんた達からアースガルドのことを聞き出
したい。だけどあんた達は言いたくない。そこで私は『巫術』を使って色々としゃべらせたい
……んだけど、触るところを捕まえられて、何かされたらコトだしね……だから私は、離れた
所からあんた達をこれで撃つってわけ。オッケー?」
顔を少し傾け、そう言い終わるが早いか、リオは赤髪に銃口を向けた。同時に、銃を持つ
手の辺りが淡く光り出す。
「お……オッケー、っていきなり言う……わあぁっ!?」
ボゥッ!
火花──ではないが、充填した魔力が放たれたあとに、銃口から微かな光が見えた。
撃たれた男はビクッと身体を震わせたかと思うと、夢うつつな表情で、ほとんど白目を剥
いた状態になった。それを見て隣の男は悲鳴をあげるが、もはやそんなことはこの部屋に
いる者達にとってはどうでもいいことである。
「さって、と……ではまず私から質問させてもらうわよ。どんな質問にも正直に、明確に答え
ること。いいわね?」
「……ハイ……。」
感情のない声で、赤髪の男は力なくそううなずいた。
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