セッスルムニールとは、リオ達『ヴァルキリー』がアジトとしている大きな館のことである。
     もとはこの、フォールクヴァングの町の公民館であったのだが、古くなって利用されなくなっ
     たのを『ヴァルキリー』の創立者達が資金を出し合い、買い取ったのである。古くなったとい
     っても、施設としての質が落ちたというだけで、建物の一つとしてみれば、まだまだ立派な
     現役である。それを表向きは喫茶店として営業に利用し、建物の奥には会議室、地下に
     は活動用具──つまり、武器の類だ──が置かれている。
      セッスルムニールは、大体町の中央に位置しており、リオやエミストの家からは同じくら
     いの距離が離れている。歩いていけば、軽く三十分はかかるのだが、召集がかかるとあっ
     ては、とてもそんなにのんびりしてはいられない。召集が直接の電報で知らされるのも、確
     実に他人へ情報がもれる可能性をなくす(例えば配達物だと他人に読まれてしまうかもし
     れない)というのもあるが、行動を速やかに行うという意味でそうしているのである。
      そこで──
     「──しっかし、いつも思うんだけどさ。」
     「何が?」
      ペダルをこぎながら、リオは隣のウォードの方を見やった。
     「昔の人ってのは、よくこんな便利なものを発明したと思うよ……逆に言うと、それ以前は、
     こいつなしで遠くまで移動していたんだもんなぁ。」
      そう感心しながら、ウォードは握っているハンドルを軽くポンと叩いた。
      機械仕掛けの乗り物。ただ、その一言で言い表されてしまう、その一人用のペダル式の
     乗り物は、ラグナロク終戦後に発明、開発されたものである。普段は機械として機能する
     わけではなく、ペダルをこぐことによって進むものなのだが、その時に生じさせる運動エネ
     ルギーの一部を電力に変換して貯蔵庫に蓄え、急な坂道や疲れた時には、ハンドルのス
     イッチを押すことによってその電力で動くという仕組みになっている。価格もそんなに高くな
     く、万人受けしているこの機械は、もともと名称があったのにも拘わらず、自給自足で動く
     ことからいつからか『セルフ』と呼ばれるようになっていた。
     「お兄ちゃんって、やたら機械が好きなんだよね。」
     「お前だって、俺の使えない『魔道具』を使いこなしているだろ?」
     「それは……私はお兄ちゃんと違って『巫術』が使えるから。」
     「へっ、どうせ俺ぁ能なしだよ。」
     「そうでもないわよ。『ヴァルキリー』一の機械いじりの腕と、明晰な頭脳があるじゃない。」
     「あーあ、『巫術』も『魔術』も使える『ヴァルキリー』の軍師殿に言われても、お世辞程度に
     しか聞こえないね。」
      小さく顔を振って、ウォードはハンドルを左に切った。そして、何台かの『セルフ』が停めて
     ある小さな広場──セッスルムニールの敷地内へと入っていく。
     『ヴァルキリー』は、平均年齢二十二歳、総勢三十余名の小さな団体である。『連中』に対
     抗する、いわばレジスタンスのようなものなのだが、正攻法で渡り合っては、数だけでも百
     倍はゆうに超えるだろう相手に、どう考えたところで勝てるわけがない。勝てる見込みのな
     い戦をわざわざする必要もないだろうという意見もあり、実際参加者は未だに少ないわけな
     のだが、それでも彼等は日々『連中』の打倒策を考え、戦い続けている。
      広場から三人は、建物の裏口へと入っていく。表に回ってもいいが、遠回りになってしま
     う上、召集のかかる日は喫茶店は休んでいるので(『連中』に)怪しまれるかもしれない。も
     っとも『連中』が、今日は喫茶店が休業であることを知っていればの話だが。
      それからは、通路の左手にある扉を開ければ、そこが集合場所──会議室である。だが
     それにしても、いつもの活気が扉からは伝わってこない。この奥に人の気配が感じられる
     かというのも、正直疑問に思うほどである。
     「どうしたんだろ……いやに静かね。」
     「みんな、もう殴り込みに行ってしまったんじゃないだろうな?」
     「まさか。私の家に電報が届いて、真っ先にあなた達の所へ行ったのよ?」
     「でも、確かに外には『セルフ』が停めてあったよな。とすると……地下か? それとも、三
     階の視聴覚室かな。」
      それぞれが疑問を口にしたが、そうしているだけではどうにもならない。とりあえず中に入
     ることにした。万が一のことを考え、扉を開けるウォードの後ろに、『巫術』の発動の準備を
     済ませたエミストが構える。
     「せーの、で開けるぞ。いいか……せーのっ!」
      バンッ、と威勢のいい音を立てて、扉は開いた──だが、その向こうに待っていたものは、
     彼等の想像を覆すものだった。つまり、敵が待ちかまえていたわけでもないし、仲間が全
     員集合で待っていたわけでもない。
     「ヴァルグ、さん……ひ、一人だけ、ですか?」
     「ああ。」
      ウォードがヴァルグと呼んだその男は、会議室のテーブルに一人つき、静かに頷いた。
     『ヴァルキリー』最年長である彼は、このレジスタンスの創立者の一人であり、また破壊活
     動の発端を作った男である。黒い瞳とは反した、透けるような金髪を持ち、身長はウォード
     よりやや高め、だが体格は彼のそれよりも遥かにいい。身動きのしやすい、黒い運動着の
     ような服を纏っているが、まるで正装を身につけているかのような精悍さが見て取れる。三
     十一歳とは思えない若作りで、強靱な身体の持ち主である。また資産家でもあり、このセ
     ッスルムニールを買い取る時にも多額の資金を提供してくれたと、エミストは記憶していた。
     「あの……他のみんなは? ここに来ているはずですよね?」
     「彼等のほとんどは、地下の空き部屋にいるだろう。つい今し方、アースガルドの人間と接
     触して、それを捕縛したのだ。無論、正当防衛だがな。拷問の類はしていないと思うが、連
     中の情報を少しでも多く得ようと、必死に質問の嵐を浴びせているかもしれん。考えように
     よっては、それが拷問と呼べるものかもしれないが──」
     「正当防衛? それってことは、連中から何かしかけてきたんですか?」
      と、眉間にしわをよせて、リオ。
     「先刻、繁華街の方で早速騒ぎがあってな。被害はそうひどくなかったが、たまたまそこを
     通りがかった同胞としばらくもめていたのだ。それから彼等が帰ってきたちょうどその時、気
     の荒い者が二人、店の方に入ってきてな。さずかにここで、余計な接触をするのは得策で
     はないと我々は判断し、適当に応対して追い払おうと考えたのだが、奴等がウェイトレスに
     手を出した途端、近くにいた何人かの男達がそれを止めようとした。そこで奴等が暴れ出し、
     あげく乱闘になった結果──その場で捕縛した、というわけだ。」
     「つまり、捕まえたのはアースガルドの下っぱのヤツなんですね?」
     「そう考えていいだろう。ろくな装備もしていなかったところを見ると、ただその辺りをうろつ
     いていたのだろうな。」
      口を覆うように手を当て、ヴァルグはそう応えた。同時に、三人が顔を見合わせる。
      ヴァルグはその意図を察したのか、その場に立ち上がった。
     「……お前達も行ってみたいんだろう?」
     「え、ええ。でもヴァルグさんがここにいるってのには、何か理由があるんですよね? 例
     えば、新手の連中が来るのを防ぐとか……それを差し置いてまでして、僕達だけが行く
     ってのは──」
     「私がここにいたのは、お前達を待っていたからだ。別段、この館が今アースガルド兵に見
     張られているわけでもないようだし、私がこのままここに残るのはそれこそ無意味だ。それ
     に、見張りならちゃんと何人かがしてくれている。安心しろ。」
      そう言って彼は、三人の先に立って扉を開け、地下への階段を下り始めた。
 
 
 


 
 
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