女を取り巻いていたならず者達が酒場を離れ、しばらくの時がたった。女は改めてカウ
ンターに着き、その隣にノトが座った。そこで話を交わす2人に、騒動を片づけてくれた謝
礼と詫びという意味で、スティンは1グラスの酒を振る舞った。
今、酒場にいるのは、彼等3人と、もう1人カウンターの1番端に着いている、みすぼら
しい格好をした男の、4人だけである。彼はノトと同様、つばの長い帽子を深く被っていて
顔がよく見えないが、先代の頃からよく姿を現していることをスティンは記憶していた。何
回か顔をちらっと見たことはあるが、格好のせいか余計に老けて見えたような気がする。
実際の年のほどは36、7だと、父親から聞いた覚えがあった。
(何でそんなこと知ってるのかは、知らずじまいだったけどな。)
そんなことを胸中で独白しながら、彼は最後のグラスを拭き終えた。まあ、先代は口が
達者だったから、あのような暗い男相手でも、上手く話せたのだろう。そう、勝手に理由を
決めつけ、手を休めて目の前の2人の会話に耳を傾けた。
「……しかし、君のような美人が、こんな酒場に何の用だい?」
「ある『もの』を探しているの。とても大事な……だから、その情報を集めるために、ここに
来たのよ。」
「だが、それなら別に当たる所もあるだろう? 何でわざわざ、こんな危険な場所を選んだ
んだ?」
「それは――それっぽい人達が集まっていると思ったから――」
ギシィッ……
そこで、女の言葉は遮られた。力強く開けられた、扉の音に。
また荒らし屋か飲んだくれか、スティンの脳裏には、すぐさまそんな考えが思い浮かんだ。
入ってきた人間というのが、体格のいい、気性の荒そうな顔をした男だったからである。
連れはいない。男1人だけだ。栗毛の中に埋もれるように、グレーのバンダナが見える。
赤というよりは、朱色に見えるのジャケットを纏い、それとは対称的に、下は薄いブルーの
ジーパンを履いている。腕の太さは、スティンの倍ほどあるように見える。とはいえスティン
は決してそんなに体格が悪い方ではない。むしろ体格(だけ)はいい方なのだが、ジャケッ
トの男は、その群を抜いていた。
男は、その太い首をゆっくりと回し、視界を巡回していき――ノトの姿を認めて、動きを止
めた。
「よお、ノト。やっぱりここだったか。」
「……何だ、クレイアか? こいつぁ妙な所で会ったな。」
「何言ってやがる。お前がその『妙な所』にいるからこうなったんじゃねえか。」
そう笑いながら、男――クレイアは、ノトの方へと歩み寄り、肩を軽く叩いた。そして彼
の隣へと着こうとし――
「……そういえばノト、お前には似合わない美人を連れているじゃないか。どっかからかっ
さらってきたのか?」
「かっさらっただなんて、人聞きの悪いこと言うなよ。彼女が怯えてしまう。」
苦笑して、ノトが応えた。実際、少し肩を震わせてしまった彼女の方には目をやらないよ
うにして彼は、軽く肩をすくめ、
「助けたのさ。彼女を襲おうとしていた連中からな――ああ、そうだ。ちょうどいい。」
「何が?」
きょとんとしたクレイアを背にしてノトは、同じく目を丸くしている彼女の方へと振り向い
た。その勢いで視界を覆う帽子のつばを、両手でゆっくりと上げる。
「こいつが来て、ちょうどよかったんだ。ええと……そういやまだ、名前を聞いてなかった
……」
「エウル。よろしく。」
「ああ、エウル。俺はノトだ。こちらこそよろしく。」
「クレイアだ、よろしく。」
そう言って、彼等はそれぞれ握手を交わした。
「エウル、君の捜し物を彼に頼むといい。これでも彼は、自称・トレジャーハンターで街で
通っているんだ。」
「自称じゃねえ。れっきとした、『アースガルズ』専属の仕事人だぜ? 俺はよ。」
両手を広げ、抗議するようにクレイアがぼやく。
「『アースガルズ』?」
「街の繁栄を目的とした、金融関係の団体ですよ、確か。」
唐突に割って入ってきた声に、3人が注目した。もちろん、声の主は照れ臭そうに――
というよりむしろ、動悸しているスティンであるが。
「……よく知っているじゃねえか、若い割には。」
驚いたような表情で、クレイアがそう呟いた。その声に反応して、エウルがクレイアの
方を見やる。
「……金融関係?」
「ああ。とはいっても、別にどっかから金をまきあげてくるとか、ヤクザまがいのことはし
ねえ……俺達の活動のメインは、そこらをうろついている浮浪者と同じ、砂金集めだ。だ
が、目的が違う。奴等は単なる一攫千金だが、俺達は街の活動資金にしているんだ。」
「そして、そのために砂金以外のもの――つまり、財宝のようなものを探し当てるってな
こともやってるってわけさ。つまり、彼はその道のエキスパートなのさ。だから、君が買
い取りたいという『もの』も、彼に頼めばきっと探し出してくれる――」
そこまでノトのセリフを聞き、スティンはふと、出入り口の方――カウンターの端に着い
ている、みすぼらしい男の方を見やった。彼は無言でその場に立ち、ちょうど酒代をカウ
ンターに置いたところだった。そして無言のまま、帽子を深く被り、その場を後にしていく。
「あ、ありがとう……ございます。」
何か拍子抜けしたような気分で、とりあえずスティンは礼を言った。そういえば、あの
男が何かしゃべったところなど見たことがない。
そう思っていると、今度はエウルがその場に立ち上がった。空になったグラスをスティ
ンに手渡し、1つ礼をする。
「私も……今日は帰ります。詳しいことはまた明日話すので。皆さん、明日もここにいら
っしゃるかしら?」
「え? あ、ああ……。」
目を丸くして、クレイアが応えた。ノトも、無言で顔を縦に振る。
エウルは、最後にスティンの方を見た。しばらくそのことに、スティンは気付かなかった
が、やがて微笑で彼女に応えた。
「じゃ、また明日!」
そう言い残してエウルは、砂塵の吹き抜ける街の中へと消えていった。