全てが停止している。
   街道を走っている子供達、それにぶつかって買い物袋を落としそうになっている主婦、
  公園に設置されている立派な噴水や、手を滑らせたのか、アパートの窓際から落下して
  いる植木鉢とその持ち主――
   まるで、立体映像に一時停止をかけたような、異様な光景だった。だが、もっと奇妙な
  のは、その「時間が停止している空間」を僕達がこうやって歩いていることだ。
   ジュセスが「レカルク捕縛」を決断した後、「危険だが、時を剥奪されるよりは」と、僕や
  エウカも一緒に、サーグーンに空間転移してもらった。また、少しでも「ツァイト・トレーネ」
  から離れるといけないというので、ジュセスを包囲するような陣形をとっている。サーグーン
  とロゼットが前列を固め、僕とエウカが後ろからついてくる、といった感じで。
   サーグーンの話だと、レカルクには隠れ家があり、用がある時――つまり盗みに出たり
  意味もなく破壊行動を行う時――以外は、常にそこにいるらしい。よほど自分の力に自信
  があるのか、あるいはそこに隠れたつもりなのか――もはやそこが「隠れ家」と呼べない
  ほど居場所が割れているのに、彼はそこから住処を変えないでいるという。
  「だが、以前私はそこで「時の剥奪」により、奴を捕縛、幽閉した――警戒して迎撃体勢を
  とっているか、あるいは住処を変えたか……何らかの手を打っているに違いない。」
   足の運びをとめることなく、サーグーンは低い声でそうつぶやいた。
   相手の居場所が(一応だが)分かっているのに、なぜ歩いているのかというのは、いきな
  り相手の近くに転移しては、その直後に迎撃を受ける可能性があるというので、あえてある
  程度の距離をおいたのだという。
  (何しろレカルクも「時」に覚醒しちゃったんだから。転移先を読まれちゃ、おしまいだからね。)
   このピリピリとした雰囲気を気遣ってか、ジュセスが小声で教えてくれた。
   置かれた状況から考えて、彼女は本当に気が強い。女の子ならエウカのように、怖がっ
  て泣いてしまうのも無理ないと思うのだが、ジュセスは軍人(だろう)のサーグーンより堂
  々としている。
   と、そんなことを考えていると、サーグーンの言ったことを思い出した。
  (お姫様、か……。)
   本来なら、それらしい格好をしてお城にでもいるのかな、とその時の彼女の姿を想像し、
  目の前のジュセスと重ねる。だがそれでも、いまいちピンとこない。
  (……驚いた?)
   僕の考えていることを洞察してか、そんなことを小声で彼女は言ってきた。
  (うん、まあね……まさか、お姫様だったなんて……。)
  (……どう思う? 私のこと。)
   ジュセスは、ブルーの瞳でからかうようにこちらを見上げた。
   その中にわずかな陰りが見えたのは、僕の気のせいかもしれない。
  (うん、確かに驚いちゃったけど……それでも僕は、ジュセスはジュセスだって思う。だっ
  て、僕達は友達だろ?)
  (……ありがとう。)
   僕の言葉に、ジュセスはとびっきりの笑顔で応えてくれた。
   と――
  「――着いたぞ。」
   愛想のない(当たり前か)サーグーンの声に、僕達はその場に足を止めた。
   そこは、陶器を焼くかまどのような所だった。入り口が妙に小さく、建物(もしかしたら本
  当にかまどかもしれないが)自体がこんもりとしている。レンガ製だが、ロゼットの家より
  も強度は低く見える。それくらい、古びていた。
  (でも、本当にこの中にいるのなら、火をかけて入り口閉めちゃえばいいのに……って、
  「非」が使えるのなら、そこから脱出するのなんてわけないんだっけ。)
   サーグーンあたりが聞くと嘆息混じりに肩をすくませるようなことを、僕は胸中で独白し
  た。あまつさえ、ポリポリと頭を掻いてみたりする。
   と――
  『確かに。脱出は可能だがそうこられると少々やっかいだな。』
  「え?」
   思わず声に出して、僕は訝っていた。辺りを見回すが、声の主と思えるような者はいな
  い。いや、あれは声と呼べるものなのか。それとも単に空耳――
  (何か、頭の中に直接声が入ってきたようだ……)
  『なるほど。地球人というのは洞察力に秀でているわけか。』
  「レカルクか? どこだ!!」
   今度は確かに聞こえた。脳裏に響きわたるような、低い、殺気のこもった声。それはサ
  ーグーンの行動が現実だと裏付けている。どうやら彼にも聞こえたらしい。
   僕達のいる空間に緊張が走る。サーグーンはジュセスを、ロゼットは僕とエウカをかば
  う形で辺りを警戒する。が、それらしい気配はどこからも感じることはできない。
  『待ってろ……今、姿を見せてやるさ……。』
   未だ見ぬ男――レカルクの声が僕達の脳裏を走り抜けた直後――
   僕達の肉体は、時のように流れ始めた。
  
    



 
 
   次のページへ
 
   小説の目次に戻る
 
 
TOPに戻る