サーグーンの一言に、部屋は沈黙で満たされた。
   さっきまで皮肉げな表情を浮かべていたロゼットの顔は瞬時にしてこわばり、今まで反
   応を示さなかったジュセスに、はじめて驚愕の色が見える。エウカに関しては、顔面が
   完全に蒼白していた。
    だが、もちろん僕に現状がいかなるものか理解できるはずがない。とはいえ、こんな雰
   囲気の中で「レカルクってな〜に?」なんて訊いた時は、鋭い視線で(特にサーグーンに)
   体中を刺されるような気がしてならない。
    そんな中、僕にその現状を教えてくれたのが、予想を裏切ったサーグーンだった。彼は
   ショルダーガードに覆われた肩を越してこちらに振り向くと、表情を険しいままにして口か
   ら言葉をつむぎ出した。
   「君が地球から来たという、ケイリという少年か――ロゼット教師に「熱」の覚醒を助けて
   頂いたとか。」
   「は、はぁ。」
    聞き慣れない敬語にむずがゆさを覚え、僕はあいまいな返事をした。
   「大方、魔法の説明は聞いたらしいから、いくらかは理解できよう――レカルクというのは、
   もとはちんけな盗賊だったのだ。だが、」
    サーグーンはこちらに完全に振り返ると、拳を握って言葉を吐き捨てた。
   「奴は、どこからか魔法を取得したのだ……結果、奴は現在、ただ1人の「非」の使い手
   となり、国中を恐怖に陥れたのだ!」
   「……それってつまり、魔法を一切使えなかった人間が、いきなり全ての属性を使えるよ
   うになった、というわけですか?」
    彼のプレッシャーに押され、小さな声で僕は訊ねた。が、その答えとしてかぶりを振った
   のは彼ではなく、その後ろにいるロゼットだった。
   「奴は……レカルクは、常識を持たない人間じゃ……それが覚醒のもととなり、「非」のみ
   を使える、文字通り非常識の術者となってしまった。さらに悪いことには、奴には見境と
   いうものがない。自分の許容量を知る由もなく、ただひたすらに「非」の力を暴逆の道
   具とでしか扱ってないのじゃ。」
   「だが、逆に言えば奴は全く常識を知らない……正攻法に弱いのだ。また、「非」しか
   使えないということはつまり、残り9属性に全くの無頓着であることを意味する。私はか
   つて奴を捕らえ、「時の剥奪」によって奴を永久幽閉したつもりだった。が、」
   「長年そうしているうちに、奴は「時」に覚醒し、剥奪された時間を取り戻した……そん
   なところじゃろう?」
   「ご明察の通り、だ。」
    ロゼットの推測を、サーグーンは素直に肯定した。
   「でも……「時の剥奪」ってことは、そのレカルクって人に時間は作用してなかったんで
   すよね? だったら、学習能力なんて存在しないはずじゃ……」
   「そういう、「決してありえないもの」を可能にするのが、「非」の力なのだ。」
    サーグーンの返事に、僕は「あっ」と声を洩らした。彼はさらに続ける。
   「ただ「非」のみの属性であれば、脱走は不可能だった……「非」のみでは、「時」に
   干渉するのは不可能だからな。だが、奴は「時」に覚醒してしまった……つまりこれで、
   奴は「時間に干渉したありえないこと」を可能にできる、ということだ。奴は脱走すると
   同時に、国内の空間全ての時間を「剥奪」した。」
   「そしてお前は、命からがらここへ逃げてきた、というわけか!」
   「そうだ。」
    サーグーンの一言に、ロゼットは言葉を失いかけた。ややあって彼は小さく鼻で笑うと、
   「フン、インペリアルガードの名が聞いてあきれるわ! 自分の術を破られる上に、それ
   を敵に利用されるとはな! この失態は、全てお前の責任だ!」
   「そうだ。だからここへ来たのだ。ジュセス様のもとへ。」
    自分の言うことを、相手が素直に認めるのが気に入らなかったのか、ロゼットはもう反
   論する気はなかったようだ。かわりに、嘆息混じりに誰にともなく独白する。
   「なるほど。ジュセスの持っている「ツァイト・トレーネ」……この首飾りは術者の「時」
   の効果を強化する……そして、他者の「時」の効果を完全に遮断してしまう。ここの時
   間が剥奪されてないのは、そういうことか。」
    それを聞いて僕は、知らず知らずにジュセスへと視線を向けていた。彼女は変わらず
   沈黙を守っている。その彼女の首もとに、確かに小さな銀の鎖がのぞいて見える。
    そんな中、エウカが何か思いついたような表情を見せた。顔を蒼白させたままで、サ
   ーグーンの前まで歩を進めると、祈るように手を胸の前で組んだ。
   「サーグーン隊長。それって、まさかジュセスをレカルク討伐に連れていく、ということで
   すか?」
   「え?」
    彼女の言葉に、僕とロゼットは驚愕した。ジュセスは未だ動かない。
   「だって、レカルクに対抗するには、「時の剥奪」から逃れないといけないから……そう
   なるとジュセスの「ツァイト・トレーネ」が必要になります。かといってそれをジュセスか
   から借りると、ここの時間も剥奪されてしまいますから……。」
    だんだんと声が小さくなりながらも、エウカはそう言い切った。双眸には涙がにじんで
   いる。友達を思う心からか、それとも恐怖のあまりにか――
    しかし、彼女の問いにサーグーンは応じなかった。ただ黙って佇むのみ。ジュセスに
   向かって。ただひたすらに――
    そして……彼の意志はジュセスの沈黙を破るに至った。
   「……分かったわ、行きましょう。」
   「ジュセス!?」
    悲痛の叫びをあげたのは、他でもないエウカだった。
   「だめよ、危険すぎるわ! よりによって、レカルク相手にあなたが行くことなんて!?」
   「大丈夫よ、エウカ。やられるって決まってるわけじゃないし。それに、私が行かないと
   「時の剥奪」は破れないのよ?」
    顔をくしゃくしゃにして慟哭するエウカに対し、ジュセスは優しく抱き留めた。背中を愛
   撫し、「ね?」と彼女を慰めてやる。
    だが、それとは裏腹にロゼットは、眉間をよせてサーグーンを睨みつけた。自分より
   遥かに高い人間を圧倒してしまうようなプレッシャーを放つ。
   「サーグーン……貴様、自分の君主の娘を危険に晒す気か?」
   「私とてこんなことはしたくない……が、こうするしかないのだ。無論、ただで済ませる
   つもりはない。この罪は私の命をもって償うつもりだ。」
   「そんなことをする必要はないわ。」
    話を聞いていたのか、ジュセスがリンとした声を放った。
   「別にあなたが死んだところでどうにかなる状況じゃないわ。そうでしょ?」
   「しかし……」
   「あなたの「時の剥奪」が破られたのなら、国中のどんな術者でもレカルクを幽閉する
   ことはできなかった。そう割り切ることはできないの?」
   「…………。」
   「それでもし、あなたが罪を償いたいというのなら、エウカとケイリを保護してあげて。レ
   カルクは私が捕縛します。」
   「姫っ!?」
    サーグーンの叫喚に、僕は思わず目を丸くした。
 
    



 

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