あれから僕は、ロゼットから魔法について、色々な話を聞いた。
僕は魔法というものは、「呪文を唱えて効果を発動させる」ものと思っていたのだが、
必ずしもそうではないらしい。
僕の考え方は「言霊」、つまり「言葉そのものに力がある」というイメージであり、
これは決して間違いではないが、1つの例えなのだという。確かに、ジュセスが「縮
地」を使った時、彼女が「言霊」なるものを口にはしていなかった。
「ものをイメージするとき、その「名前」を頭に浮かべるとイメージしやすいでしょ?
それが慣れてくると「名前」、つまり「言霊」、「呪文」なしでイメージできる。中級者以
上の魔法の構成ってのは、そんなものなわけ。」
と、これは当のジュセスの意見。また、中級者でもまだ慣れない、つまりより強力
な魔法を使う際には「言霊」を利用する時もあるという。
実際僕には、イメージだけで魔法が使えるという感覚はない。かといって、「ファイ
ヤー!」などと言って炎が飛び出してくるかどうかも疑わしいところだが。
あと、前にも聞いたように「複数の属性から同じものを見出し、それらを自分のもの
にする」のは困難なことだという。実際、ジュセスやエウカは中級以上の腕前なのだ
が、使える属性は未だ1つ。自称・木星内最高術者のロゼットですら、脳、音、力の
3属性が精一杯だという。ちなみにこれらは「情報」という共通点でリンクしたらしい。
「発想力が豊かになれば、使える属性は増えてくるわ。ただ、それが自分の許容量
以内で抑えられたらの話だけど。」
「だから、いくらセンスがあっても、わしのようにベテランでないと、自分の力を抑制で
きんのじゃよ。特に「命」や「神」は、効果が絶大なだけに使い手も少ない。だがその
反面、これらは覚醒が容易なのじゃ。「神」なんぞ、自己中心的な性格なら一発じゃな。」
魔法を覚える方法というのは、大きく分けて2つあるらしい。1つは僕がやってもらっ
たような「覚醒」。これは上級術者が相手の潜在能力を文字通り「覚醒」させる。もう
1つは「伝授」で、自分の知っている属性を、「相手との性格」を共通点とし、リンク
させる方法。つまり、似たもの同士でないと「伝授」はできないのだ。
そして――
「ただ1つ……「非」だけはリンクすることができん。いや、あるとすれば、「残り全て
の9属性以外のイメージ」とリンクする、と言った方がいいかの。」
「つまり、その9属性を覚えることが、「非」を覚える必要十分条件ってこと?」
僕の質問に、ロゼットは静かに頷いた。
「単純に考えてみい、「神にすら成し遂げられない」ことを、「非」はやってのける、と
いうことじゃぞ……想像できるか? わしにできることとしたら、せいぜいが「コインの
表と裏を同時に出す」てなもんじゃ……。」
そう言って、ロゼットは力なくうなだれた。考古魔術士というのはそもそも、「魔法を
考える考古学者」といったような感じで、彼はかつて使い手がいたであろう「非」を使
いこなせるようになるのが夢なのだという。
「あれ……てことは、現在は「非」の使い手はいないってこと?」
僕は思いだしたように声を上げた。
「……いないわ、公式上はね。」
「え?」
ジュセスの言葉に、僕は眉をひそめた。彼女は嘆息混じりにグリーンの髪をかき上
げ、
「魔術連盟ってのがあってね。魔法を使える人は、名簿に書き込まれるの。学校で習
ったとか、国の公認している術者――先生のような人に教えてもらった、公式な術者
はね。でも――」
「どこからか、裏で魔法を知る者もいるのじゃ。悪用するためにな。奴のように――」
「奴?」
悲観に思える表情で、ロゼットが小さくつぶやくのを僕は何とか耳にした。
刹那――
ジュッ
水が瞬時に蒸発するような音を立て、目の前の空間が突然裂けた。
そしてそこから、体格のいい、ショルダーガードをつけた長身の男が現れる。
「う、うおおおおっ!?」
驚愕のあまり、思わず僕は絶叫してしまう。だが、ロゼットやジュセスは男の姿に驚
く代わりに、うんざりとした表情を見せる。
「――やはりここでしたか、ジュセス様。」
その男は、ジュセスの姿を認めるや否や、早口でそう言った。
(……ジュセス様?)
「……サーグーンか。」
僕の胸中での独白をよそに、そうぼやいたのはしかし、ジュセスではなかった。
「やな奴が来おったのう……それもやな時に。」
「やな奴で結構。しかし、私が用があるのはあなたではないのです。ロゼット教師。」
男――サーグーンは見せる表情の反面、あくまで敬語で通した。
「それで、何の用じゃ? 帝国保護隊長殿よ。」
「インペリアルガードと呼んで頂きたいですな。」
ロゼットを睨み据えるようにそう言うと、彼はジュセスの方へと向き直った。
長身――同じ長身でもエウカは女としてでの長身であり、せいぜい僕より一回り大
きいくらいだが、サーグーンは彼女より遥かに高い。僕より頭1つ半は高いだろう。短
く刈り込んだ髪をしてさえ、彼は非常に大きく見える。そんな男のプレッシャーを、しか
しジュセスはものともしていないように見える。
しばらく、サーグーンはそれから何もしなかった。ただ静かにその場に佇むだけだった。
が、いきなり金縛りから解放されたかのように、彼は1つ頷くと、
「……なるほど、ここでの出来事を、時をさかのぼらせて拝見させて頂きました。確かに
ロゼット教師のおっしゃる通り、いやな時に来てしまったようです。」
そう、両手を広げてつぶやいた。それに対し、ジュセスは変わらず反応を示さない。
「サーグーン隊長、なぜいやな時なのですか?」
ジュセスの代わりに、エウカが訊ねる。するとサーグーンは表情を一層鋭くしてこう言
った。
「レカルクが――脱走したのだ。」