驚愕。瞠若。
この単語は、今の僕のためにあるようなものだと、クリームソーダのようなものを飲み
ながら心底思った。
あれから。
エウカに「僕に似合う服」を用意してもらって(宇宙服は彼女に預かってもらった)、立
ち話するのもなんだからと、ジュセスに案内してもらったのが今いる、喫茶店のような所
だった。
今から小一時間ほど前にここについてから、まずは僕から話し始めた。日本でどんな
格好が流行っているのかとか、今話題になっている人気歌手とか、食べ物、生活、文
明、それから日本以外の諸国について――
しかし、宇宙飛行士になることしか頭にない僕には、そういったテの知識の量はたか
が知れていた。だがそれでも、彼女達は僕の発する言葉を1文字も洩らさないような表
情で熱心に聞いていた。
そんなわけで、僕の話した時間というのは、さほど長いものではなかった。それから今
度は、僕が彼女達から木星について話を聞くことになったのだが――
感想は先に述べた通りだった。
まず言語。ジュセスだけならず、エウカも日本語を話す理由というのは――
「木星語」というのがそもそも、「日本語」を真似て作ったらしいのだ。
これは僕の個人的な意見だが、はっきり言って木星の文明は地球のそれをはるかに
上回っている。特に「宇宙開発」の面において。地球ではまだ太陽系の範囲を行き来す
るのが精一杯だが、木星では銀河系への進出が今最もさかんになっているという。
文明が進んでいるのになぜ言語がなかったのか。こういうケースは地球でも見られ、
この最近(といっても数百年前らしいが)になって日本語を「木星語」として吸収したの
だという。むろん、地球に人工衛星(それも地球側に分からないような超小型だろう)を
送っていたのだろうが。
ここで僕が、なぜ日本語を選んだのか?――と訊くと、
「簡単な英語もよかったんだけどね、ほら、日本語って、感情がよく表れるじゃない。話
していても、楽しいし。ね?」
――だという。だが、それ以前に木星人は、日本に憧憬を抱いているらしい。
そして木星内の開拓。今僕達がいる所は木星の「地下」の部分にあたり、地核を一部、
人工的に改造したらしい(主に木星の地核を成しているのは固体水素、ヘリウムだ)。
僕が木星内で立っていられるのは、ここでの重力(つまり、星の中心からここまでの距離)
が地球とほぼ同じだからだ。空は、これも人工大気を創ったもので、もちろん人工太陽も
ある。そしてその上で自分達が住めるよう、街作りを始めたのだという。ちなみに僕がこ
こに来るのに通ってきた「ヘヴンズゲート」というのは、宇宙船が天井の地核を破らない
ように造った空間転移装置らしい。
まあ、それはそれで木星の文明力から洞察すれば、納得のいくものではあった。
そして――僕が1番驚いた話がこれだ。
「ケイリ、実を言うとね。ヘヴンズゲートから落ちてきた時、あなた死にそうだったの。」
まあ、この話にもある意味とても驚いたが。
「だから、私が助けてあげたの……別に何も考えてなかったけど、助けなきゃ、て思って。」
どうやって助けてくれたの?――僕はそう訊いた。
すると彼女は誇らしげに――そしてちょっと照れくさそうに、小さな声で答えた。
「魔法を――使ったの。」
もちろん、最初そう聞いた時は単なる冗談だろうと思った。だが彼女は僕がそう思って
いるのを知ってか、こう言ってきた。
「ケイリ、あなた最初にいたアルカディア……あの草原のことだけどね。あそこからこの
街が少しでも見えた?」
……いいや、見えなかった――あの時の景色を思い出しながらそう答えた。
「そんな遠い所にある街に、しばらく走ったくらいでたどり着けると思う?」
僕は無言でかぶりを振った。
「あれは、私が距離を縮めたの。正確には時間を、だけど。普通なら何時間もかかる時
間を、走りながら縮めて早くたどり着けたってわけ。」
と、ジュセスは言うが、いまいち理解できなかった。「魔法」を使ってどのように作用し
たのかはいいが、なぜ彼女が「魔法」を使えるのかがどうも割り切れない。それを彼女
に言わせれば、
「人間、“こうしてみたい”って強く願えば、案外それが実物として具現されない?
その
過程を圧縮したのが「魔法」。これ以上詳しく言っても、きっと迷宮入りしちゃうだろうか
ら、うまくそこは割り切って。」
――だそうだ。ちなみに僕のけがを治したのは、僕の治癒能力を早めるために「時間」
を早めたらしい。
「それで? 魔法を使って、君達はどんなこともできちゃうわけ?」
「そこまではいかないわ。ただ、人が使える魔法には、相性があるの。」
そう、話に割って入ったのはエウカだった。
「魔法には、大きく分けて10の属性があると言われているの……まず、ジュセスの「時」。
そして私は「粒」……といっても、実際、私の場合は「水」だけど。水や空気、その他物
質は分子から構成されてるでしょ? その中で私が得意なのは「水」なの。他には力、
音、命、脳、核、熱、神とあって、最後が「非」。これは、9属性に属さない、全くの独立
した属性で、「決して存在できないもの」をムリヤリ具現化させるという、特殊な属性な
のよ。」
「それらの属性の中で、自分に合ったものが魔法として使えるのよ。例えば、私はせっか
ちだから「時」。エウカは悠長な性格だから「水」の得意な「粒」、ってね。」
ジュセスも話に加わって、彼女たちは淡々と話を続けた。
「魔法は、木星人にとっていわば1つのステータスなのよ。だから、学校での必須項目に
もなってるの。私達くらいの歳だと、大抵は使えるわよ。」
「センスのある子だと、小さい頃からできちゃうわね。それも、かけもちで。さっき言った
ように「粒」は分子を操れるけど、それを「核」でもやっちゃうのよ。あまつさえ、それ以外
の「核」の分野も扱えたりして。」
そうしているうちに、いつの間にか2人で話を進めるようになってしまっていた。僕は一
応彼女達の話を横耳に入れながら、手元のクリームソーダを一気に飲み干した。
だが、それを2人は僕が暇だからそういう行動をとった、とみてとったらしい。彼女達は
顔を見合わせると、意味ありげにコク、と頷いた。
僕は、もう氷しか入ってない空のグラスをテーブルに置くと、怪訝の声を出した。
「……どうしたの?」
すると木星人の娘2人は、ずいとこちらに乗り出した。
「ケイリ、あなた……」
「魔法を覚えてみない?」
「え?」
グラスの中の小さな氷が、僕の代返の如くカランと澄んだ音を立てた。