さて、個性というとさっきから先述している通り、私から言わせてもらえばやつは、一
言で「アホ」であった。全く、こういう所は飼い主によく似るものだと、お互いを指さしな
がら家族でよく言い合った。
――目くそ、鼻くそを笑う、ともいう。
しかし、こやつのアホぶりは至る所で発揮された。川縁に止まっているトンボを脅か
そうと、ニュッと顔を覗かせたまではいいのだが、勢い余って川に落ちそうになったこと
があった。
まだある。シーズンオフの田んぼの中を歩くこともあると先述したが、そこで小さな蛇
を見つけた――生まれて間もない、子ヘビである。私は幼稚園に行っていた頃、よく
友達とヘビの卵や、子ヘビを見つけてはよく遊んでいた。ヘビと言っても、大きなミミ
ズが太ったくらいのような、本当に小さなものである。要するにそれくらいの子ヘビを見
つけ、やつはそろり、そろりとヘビに向かって近づき始めた。そして手の届く所まで近づ
いて――
唐突に、その子ヘビがニュッ、と伸びてきた。
チッチは驚き、目にも止まらぬ早さで2・3歩、ささっと後退し、唖然としてその光景を
見る私を後目に、消えるようにそこから立ち去っていった。
だが、良いところもあった。それにも色々あるが、やはり1番笑える(!?)のが、「名番
犬チッチ」であろう。
番犬とはつまり、怪しい者が近づくと吠え立てる、そういうものである。なるほど、確か
に奴は犬小屋から自分の散歩ルートを他の犬が通るのを見ると、いつも吠えていた。
だが、やつの番犬の「仕方」はそうではない。
いつしか、家の井戸のボイラの修理に、その業者の人がやってきた。だが、いつまで
たってもその人が帰らない。窓の外からその人の車がなくならないのを確かめ、懸念に
思って父親が外に出てみた。
すると、現場であるはずのボイラの場所に、彼がいない。そしてふと、その向こうにあ
る犬小屋を見て、父親は驚愕した。そこには、しっぽをちぎれんばかりに振って喜ぶア
ホ1匹と、笑いながら眉をひそめている業者の人がいた。
「いやあ、ふと横を見ると、嬉しそうにしっぽを振ってまして……帰ろうにも帰れなくなっ
ちゃいまして。」
この他にも、庭で洗濯物を干している母親とか、倉庫から自転車を出しに行く私や妹
達など、被害者は身内から道路の通行人にまで及んだ。犬小屋がなかった頃、庭に
突き出ていた鉄筋にそのままひもをかけていた時に、自転車に乗った学校帰りの子と
か、かたっぱしから止めたことがある。
これ以外にも、私が高校の卒業式から自転車で帰ってきた時、やつはきちんとおすわ
りをして、倉庫の前で待っていてくれた。
「おお、チッチ! 出迎えご苦労。」
そう私は、歓喜した。それに応えるかのようにやつは、私の所に駆け寄り、過ぎ去って
いった。
私はしばらく笑っていたが、やがて怪訝に思い始めた。私をシカトして通り過ぎたことに
ついてではない。なぜ繋がれているはずのやつが、倉庫の前で待っていたのか……
何のことはない。ただ、鎖を繋いでいる首輪が切れていただけであった。
まさに名犬である。決して迷犬などではない。
また、蛇は怖がってもエサの食べ残しをあさりにくる雀を、猫にも勝る瞬速パンチで何
匹か殺してしまうことがあったが、果たしてこれは名犬ぶりなのか、甚だ疑問に残る点
ではあった。
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