さて、メシにおいては歴史が存在したが、飲み水にはどうかというと、歴史と呼べるも
  の(段階)がこれにはなかった。が、若干の変化は見受けられたのである。
   初日はミルクを飲ませたが、それ以降はもっぱら井戸水(といっても、ボイラを使って
  蛇口から出るものだが)であった。それでも年に1・2回、私がミルクをやるとやつはそ
  れを瞬時にして飲み干していた。ドッグフードとは違い、これに関しては「飽き」を見せな
  かった。
   また、夏の暑い日には、水だろうと何だろうと、やつはすぐにそれを飲み干してしまった。
  喉が乾いた時にミルクはどうかと私は躊躇してやったことはないのだが、それでもおそら
  く飲んでいたであろう。飲み水の皿を洗っている最中から、やつは「水はまだか」と言わ
  んばかりに吠えまくっていた。
   が、どうもジュースだけは(意外にも)受け付けないらしい。1度、スプライトのようなソ
  ーダを皿に入れてやったことがあったが、やつは匂いを嗅ぐだけで、後はそれに興味を
  示そうとはしなかった。ただ、アイスの類は何でも喜んで口にしていたので、甘いのが苦
  手、というわけではないらしい。どうも「色が付いている」「炭酸水」の2つが、やつの拒
  否反応を起こしているようだ。「前に出されたものはとりあえず全て口にする」という、が
  めつい性格の我が家の犬が、なぜジュースを飲まないのかどうも解せない。
   だが、そのことについて私は、何となくではあるが心当たりがあった。
   私が中学2年の頃。つまりチッチが我が家に来てちょうど1年が経った時のことである。
  当時、クラスの自治委員であった私は、運動会役員と共に、運動会の実行委員に任命さ
  れたのである。とはいえ、実際に運動会を運営するのは3年であって、我々は2年の学
  年別競技を考案する役を任されたのであった。
   そこで各クラス(といってもたった2クラスだが)の自治委員2人と実行委員の、計6人
  は毎晩のように各役員の家に行っては、考案をそっちのけに遊び続けた。菓子を買って
  きたり、山奥で肝試ししたり……。
   そして、6人(5人か)が我が家に来た時のこと。友人がコンビニでカクテルを買ってき
  たのである。そこに、ちょうど犬の散歩に行っていた私と、ついてきた友人の何人かがは
  ち合わせした。そこでカクテルを手にしている友人が、好奇心旺盛な双眸を見せ、こう言
  った。
  「犬に酒飲ませたら、どうなるんやろな?」
   不思議と反対はせず、私もどうなるか見たかった。そこで「帰ってから、水入れに入れ
  てみたら」という私の意見も聞かず、彼は足下にたまたま落ちていた弁当のプラスチック
  の器に、カクテルをなみなみとついだのであった。
  (まあ、どうせ飲まないだろう。)
   当時1歳、人間にしても4・5歳という若さである。私は胸中でそう思い、懸念に思って
  もそれは杞憂であろうと、気楽にその光景を見ていた。
   が、
  (何ぃっ!?)
   やつは、喜んで飲み始めたではないか! 私は思わず瞠若し、急いで引き離そうとむ
  りやりひもを引っ張った。が、なかなかやつはその場を離れようとはしない。
   が、それでも力ではこちらに分があり、何とか帰路に着くことはできた。が、そこから家
  まで30メートルもないにも拘わらず、やつの足は、家に辿り着く頃には完全に千鳥足に
  なっていた。
  「こいつ……ジュース=酒だと思ってんじゃあるまいな?」
   そんな私の疑問がやつに通じるはずもなく、いつものように井戸水をピチャピチャさせな
  がら飲む日が続いた。
   
 



 

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