メシ。それは、やつが最も楽しみにしていたものだったに違いない。その、我が家の
「犬のメシ」というものにもちゃんと歴史があった。
初めの数ヶ月は、とにかく我が家はペットを飼ったことがないということで、色々と試
しに与えていた(と思う)。初日は先述したようにパンとミルク、それからはそんなによく
はなかったが、何かしら「考えて」餌を与えていた。つまり、やつの餌はやつの餌と、独
立させていたのである。
が。ここでも「慣れ」というものは関連してきたのであった。。
しばらくたってやつのメシは、経済的、栄養的に考えて、我が家の「夕食の残飯」へと、
その姿を収束させていったのである。しかも、その「残飯期」の初期は、その名の通り、
残飯そのものであった。
「ほらチッチ、お食べ。」
しかし、うちのお犬様は、残飯中期に至って「残飯に味付けなど、手を加える」という、
母親の工夫がなされるまでは、ランクダウンされたメシになかなかありつけなかったので
ある。
それからさらに時は経ち、母親が「ドッグフード」なるものを買ってきた。パック入りの
やつで、1食分の量に分けてあるというスグれもの(?)である。経済面において飼い主
側としてはマイナスではあるが、さてこれに対してやつはどういった反応を示すのか、散
歩から帰ってきたチッチに、私と母親は懸念を抱きながらも、さっそくそのドッグフードを
与えてみた。
結果、そのドッグフードは1分経たないうちに、餌箱からその姿を消した。どうやら、そ
のドッグフードはチッチにとって大ヒットだったらしく、舌なめずりをしながら早々と平らげ
てしまったのである。そのあまりの早さ・食いっぷりに、我々親子は目を丸くした。
だが、そうと分かればこちらにとっては好都合だった。ろくに餌を食わず、一時はどうな
ることかと心配されたチッチだが、やれやれこれで一安心だろうと母親は、そのドッグフ
ードを買いだめしたのだ。
が。
まさかここで「慣れ」というものが、ペット側にも表れるとは誰もが予想だにしなかった。
ドッグフードの最初の1パック(6食入り)がそろそろなくなる、という時だった。私はチッ
チを連れて散歩に行き、帰ってきて水を取り替え、餌箱を洗って例のドッグフードをその中
に入れてやり、やつの足下に置いてやった。
「ほい、チッチ。」
奴はそれを見て、鼻を近づけにおいを嗅いだ。そしていつものように、一気に餌箱に食い
つく――
はずが、なぜかその手前でやつはそっぽを向いてしまった。私は怪訝に思い、再度餌箱
をやつの足下に置いてやる。
「ほらチッチ、エサだぞ。」
しかし、反応は同じだった。今度は口元へと持っていくのだが、それを嫌がるようにやつは
餌箱から逃げていく。
(まさか――飽きたんじゃねえだろうな?)
その日結局、チッチはドッグフードに手をつけなかった。が、この日は食欲がなかったかど
うかしていたのだろうと、それはそれで割り切ることにしたのである。が、
「おい……?」
翌日も、やつはそれを食おうとはしなかった。まだ食欲がないのかと思われたが、さらに
翌日になると餌箱が空になっているところを見ると、どうやらそうとも言い切れない。
業を煮やして母親は、もとの残飯へとメシのタイプを切り替えた。もしこれで食べないよう
であれば問題である。ドッグフード以上のものを探してこないと、このクソわがまま犬は飢
え死にするかもしれないと思ったからだ――
だが、半ば予想を裏切って、やつは残飯をあっさりと平らげた。その時の反応が、初めて
ドッグフードを与えた時のそれとよく似ていた。
「要するにこの野郎……飽きてたってことか?」
それでも食欲がなかったのではという説はなかなか消えなかったのだが、年に1度、庭
で開くバーベキューの時におこぼれとして食える牛肉だけは、どんなに体調が悪かろうが
しっぽを振って平らげてしまう様子を見ると、どうやらうちの犬は、なかなかのお嬢様育ち
よろしく、生意気に成長していることが判明したのであった。
余談だが、家族旅行の際に向かいの家にやつを預けたことがあるのだが、肉が主流
のドッグフードを与えている我が家に対し、緑野菜成分が多いそこのドッグフードを、旅
行から我々が帰ってくるまでの間、やつは一切手をつけていなかった。
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