さて、犬を飼えば当然散歩をするわけなのだが、当初この間抜けなお犬様は絶大な人気
  を誇っていた。
   散歩の時間は5〜6時(散歩後にメシをやるのがよかろうと炊事係の母親は睨みをつけた)
  に行こうと決めたわけなのだが、誰もがこぞって散歩に行こうとするのである。
  「チッチ〜、散歩行こうね♪」
  「何をほざくか妹2。ここは兄貴に譲ってお前はメシの支度の手伝いでもやっとれ。」
  「ああ? お前こそ何言うんかこのクソ兄貴! メスはメスで女同士の方がええんじゃ。」
  「は〜あ、これだから気の荒い怪力女はいかんのう……やっぱり1番相応しいのは、同じ女
  でもおしとやかな姉こと妹1にまかせて――」
  『誰がおしとやかだっ!?』
   方言(出身地バレるかな……)あり、ハモりありで、罵詈雑言の響きありと、残る手段はい
  よいよ武力行使しかないだろうと、3人が3人腕をまくってガンくれし始めた時――
  「じゃ、お前ら3人で行ってこいや。」
   という、父親のもっともな意見に我々兄姉は素直に頷いたのだった。
   さて、散歩のコースなのだが、うち(今の私から見て実家)の周りには田んぼが多く、更に
  は川が流れているので土手もある。犬の散歩にはもってこいの所が多々あった。実際、その
  コースを以前から共有している人達も少なくはなかった。
   そして、我が家もそのコースに参戦したわけだが、いかんせん子犬はペースが遅い。「お前、
  のろまだねぇ」とか「チッチ、早く。こっちこっち」などと呑気にほざく妹達は、この時はまだこの
  子犬が成長し、自分がおいてかれる状況に陥るようになろうとはつゆとも思っていなかった。
   大体散歩の時間は30分程度であり、くたびれたような顔をして帰ってくるこの子犬に、当時
  は彼女にとっての地獄が待っていた。
   実は最初、何を飼うかという意見が出た時、父親以外の4人が「猫を飼おう!」と声を揃え
  て言ったのである。それには色々理由があった。「犬より猫の方が好き」という、妹2人の単
  純なものから、「いとこが飼ってるし、飼い方もなんとなく分かる」という、いわば「飼い方のマ
  ニュアルができている」みたいな母親の意見など、犬より猫という希望が濃厚だったのである。
  が、「猫だけは断じていかん」という、我が家の主たる父親の意見が強引に通り、結果ペット
  は犬、ということになったのである。つまり、チッチは元来補欠であった。
   さて、こやつにとっての地獄であるが、先述したように我々は犬より猫の方が慣れている、つ
  まり知っているということで、「猫といえば塀の上を歩くんだろう?」という好奇心から、チッチは
  うちの塀の上をあらかた歩かされることとなってしまったのである。だから、家に帰ってきて塀に
  上げようとだっこする時は、こやつはいつも震えていた。
   しかも――今思えばかわいそうだとはっきり思えるのだが――うちの塀は――不幸かな、1
  カ所ほど、途切れている部分があった。
   結果――
  「飛べ、チッチ!!」
   などと騒ぎ立ててしまうのである。更には塀の終わりに達すると、こやつはそこから地上へと
  飛び降りる難儀を強いられていたのだ。

   その結果、このことがトラウマとなってしまったのだろう。こいつをだっこしてやろうとする者達
  全てに、チッチは全力で脱出を試みるようになってしまった。

 



 

  次のページへ

  小説の目次に戻る
 
 

TOPに戻る