ライオネル城は静まり返っていた。
足を1歩踏み出すごとに、身体が重くきしむような悪寒を感じる。城を纏う異様な気配を、ぽちょむ君は五感で感じ取っていた。 (僕だけじゃない……みんなそう感じ取っているはずだ) そう大して歩いてもいないのに、オヴェリアは肩で息をしている。加えて、にじみ出る汗の量がどう考えても普通ではない。彼女を支えている、屈強の騎士であるアグリアスでさえ呼吸に乱れが表れている。 「アグ……リアス……」 「しゃべってはいけません、オヴェリア様。今は体力の消費を可能な限り抑えるべきです」 「やはり……貴女も気づいていたのね……」 1つ大きく、息をつく。そしてふと、辺りを見回して、 「それにしても……あの妙な音は一体何なのかしら……」 「……音?」 「ほら……聴こえるわ。まるで地面がひび割れるような……」 アグリアスが耳を澄ませる。確かに、不定期的にゴツッ、ゴツッと鈍い音が響いてくる。 「これは……もしや、地獄の帝王の復活の兆しなのか?」 「いやぁん、怖いわ助けてぽちょむ君様ぁ」 「――誰が地獄の帝王じゃコラァ」 と、唐突に声がしたので、一同が恐る恐るそちらに視線を向ける。 すると、そこにはブッシュに足を引きずられて頭から大量に出血しているマスターの姿があった。 「頭……痛いんじゃコラァ。岩の出っ張りとか、当たるとめっちゃ痛いんじゃあ」 口調とは裏腹に、涙目で訴えるマスター。 一同の視線が、今度はブッシュへと集まった。彼は何気ない顔でマスターを引きずっていたが、やがて思い出したかのように首を振り、 「ああ、重いです。それに、返り血で身体が汚れました。これ以上耐えられないので、もう離していいですか。いいですよね?」 そう言って、足を離す。ドスンと無常に音を立てて、マスターの身体が解放された。何とか自分の身体に致命的な傷がないことを確かめ、彼は安堵した。 「ふはぁ……解放してくれたついでに、介抱して頂けると嬉しいんですが……?」 同時に、全員の表情がひきつった。だが、やがてオヴェリアは自分に視線を向けられていたことに気付き、黙って白魔法を唱え始める。 ぽちょむ君やブッシュは、しばらくその様子を呆然と眺めていた。 「……よかったね、マスター。せふぃがいなくって」 「もっともですね。彼女がいたなら、少なくとも鼻を折られていたことでしょう。僕のように」 最後の『僕のように』を妙に強調づけていたことが、彼の悲しい過去を物語っていた。 「それにしても、意識が戻っていたなら早くに自分で歩けばよかったものを」 「俺だってそうしたかったんだが、何しろ足をつかんでいた手が堅くてなかな 「いやぁ、マスターの傷があまりにもひどかったので、僕が何とか運んであげなければと思っていたのですが。非力ゆえにここで力尽きてしまいました」 爽やかに、かつサラッと流すブッシュ。 ぽちょむ君達は、ここではじめてブッシュの潜在悪に戦慄した。 「……何か?」 「い、いや別に」 慌ててかぶりを振るぽちょむ君は、ふと妙な「モノ」が前に佇んでいることに気がついた。 「……何だ、あれ」 「我はルカヴィが1人――不浄王キュクレインである」 それは頭が割れるような、それでいて低く小さい声でうめいた。 「それだけ不健康な色をして、あまつさえ直視できない醜さで不浄の王とは、うまいことを言ったものだ」 「黙れ小僧」 マスターの呟きに、しかしキュクレインは少なからず動揺した。 「そっちが黙れ、非芸術的オブジェの分際で。俺より醜いってのはある意味犯罪だぞ、ええ?」 (マスター……) 言っていてさぞ辛いだろうと、ぽちょむ君は胸を炒めた(いや、痛めた)。 「……この異様な瘴気は、貴様の仕業か」 「その通りだよアグリアス。貴殿達にはここで死んでもらう」 不敵(むしろ不適)な笑みを浮かべて、キュクレインが1歩前に出る。 しかし、あろうことか足を引っ掛け、つまずきひっくり返ってしまった。 「わーい、バーカバーカ」 子供のようにまくし立てるマスター。それをつまみ上げ、黙らせるブッシュ。 対してキュクレインは、でっぱった腹を軸にして短い手足をバタつかせ、もがいていた。 「こいつ……起き上がれないのか?」 ふと呟いたぽちょむ君の言葉に、全員が反応する。 目を光らせ、彼らはしっかりとストレッチした後にゆらりと利き足を上げる。 直後、鋭い蹴りの雨が不浄王を襲った。 その夜、ダークホーリーのような悲鳴がライオネル城の空にこだましたという―― |