ゼイレキレの滝。
大自然が作り出した、水と音、そして光の交錯の地。 その景色は威厳すら感じさせ、滝の豪快さとその迫力は、通る者全てを魅了する。 しかし―― 「いやぁっ。やめて、離してっ!!」 「そ、そげんこと言わんとっ。わしがイヴァリースを建て直すには、お前の身体が必要じゃけん」 「身体が必要なんて、不謹慎なっ」 バシッ 「ああ……いい、女王様!」 「私は女王じゃなくて、王女です……って、その前に女王の意味が違うっ!」 偉大な滝には目をくれず、乳臭い小娘に魅了された愚かな男がここに1人。 ディリータは北天騎士団の追撃すら背にして、執拗にオヴェリアを追っていた。 斬撃は振り回す盾で防ぎ、放たれる弓矢はストーカーよろしくくねるような怪しい身動きで、奇跡的に攻撃をことごとく回避している。 「ディ、ディリータ?」 「ぽちょむ君か……今はお前を構ってやる時間がないんだ。俺はこの……あたっ!?」 不意をついてディリータの腕に噛み付いたオヴェリアは、彼を振り切りぽちょむ君の腕の中に飛び込んだ。 「た、助けて下さいっ!!」 「いや、ちょっ……助けてって言われても――」 まさかこちらにくるとはと、不意をつかれたぽちょむ君は彼女が飛びついてきたことでバランスを崩した。 正直、面倒なことだと思った。しかし、彼は瞬時にその思いを改める。 やわらかい肌。男を心底まで魅了してしまいそうな香水の香り。肌に触れるとくすぐったい、美しいブロンド。 そして何より、身体を震わせることで、より鮮明に伝わる胸の感触。 しかし、どうでもいいが大学のパソよ。なぜに「感触」の一発変換が「官職」なのだ。そんなに官職がいいか? ん? 「ああ……結構いいかも……」 「……何がよろしいんですの?」 「えっ、えああ、な何でもないですハイ」 慌てて首を横に振りまくるぽちょむ君。その勢いで、冷や汗が辺りに散る。ばっちぃことこの上ない。 (だ、ダメだダメだ! 僕にはせふぃという心に決めた娘がいるじゃないか! これじゃまるで――) 「発見、浮気ショォォット!」 パシャッ 閃光が落ちてきた。『それ』はそんな印象だった。 気がつくとぽちょむ君の目の前には筋肉質の、カメラを持った1人の男が宙吊りの状態で現れていた。男はこちらを確かめるように覗き込むと、にぃ、と邪笑を浮かべる。 「え、と……髪の毛が豊富にあるから……ブッシュ! なぜこんな所に!?」 「顔を見て判断しねぇか馬鹿野郎!」 叫んで男は、宙吊りのままナイフで足を結んでいた紐を切り、器用に半回転して着地する。 「あ、何だマスターだったのか……じゃあ、今度はづらを接着剤でくっつけるようにしたんだね」 「これは俺の毛だよ」 「え……じゃ、まさか……しょくも 「防御あたわず! 疾風、地烈斬!」 マスターの拳に応えた大地がうねり、ぽちょむ君(とオヴェリア)に衝撃が走る! 「ふ……以前はモンクらしく、精神を極限まで集中させるため、あえて剃っていたのだ」 笑みを浮かべ、ピクピクと胸筋を気持ち悪いほどに動かすマスター。 しかし、そこをすかさず足元から現れた光の剣が、鋭い音と共に襲った。 「ぐばぁっ!?」 身体のあらゆる所から血を噴出し、文字通り血だるまとなるマスター。その前に肉だるまだったから、今は血肉だるまといったところか否か。 「大丈夫ですか、オヴェリア様?」 「アグリアス! よかった、助けに来てくれたのね」 アグリアスと呼ばれた若い女騎士のもとに駆け寄るオヴェリア。 アグリアスはオヴェリアをかばうように後ろに下げ、剣を構えなおした。 「あの一撃でも倒れないとは……なかなかやるな。しかしこれではどうだ、覚悟!」 「ちちょ、ちょっとタンマ」 慌ててぽちょむ君が彼女を止める。彼の姿を見てアグリアスは、すぐさま剣を収めた。 「あん、ぽちょむ君様ぁ♪ ご無事でしたのねっ」 「う、うん。それよりさ、アグリアス。彼、実は味方なんだ」 「ええっ、ぽちょむ君様達を攻撃していたので、てっきり敵なのかと」 出血多量で立ったまま失神し、瞳孔がかっぴらいているマスターを一瞥し、アグリアスは眉をひそめた。 「……それでなくとも、猥褻物陳列罪でしょっぴかれそうな格好をしていますし……」 「この鍛え抜いた身体の、どこが猥褻物陳列だっ!?」 すごんだ顔でマスターが突っ込むが、力尽きたのかその場に倒れてしまった。 「……死んだのかしら?」 「いや、彼は死んでないさ。殺しても死なないような男だから」 そこでふと、辺りを見やる。北天騎士団が見当たらない。 よく確認すると、見当たらないのではなく、既に倒されていた。目前に立っているモンク1人に。 「――ブッシュ!?」 「やあ、お久しぶり」 「マスターと一緒だったのか?」 「ええ、セルフィアとははぐれましたがね。何でも『国士無双を極める旅に出る(仮)』とか何とか言って」 「そうか……せふぃはいないのか……」 「……ぽちょむ君様、こちらの方は?」 「あ、うん。彼も味方さ。ここでは何だから、どこかで休みながら紹介するよ」 そう言ってぽちょむ君は、手をかざした。この滝を越えれば、目的地はすぐそこだ。 ブッシュが(嫌そうな顔をして)マスターを抱える。そちらを一瞥し、ぽちょむ君はあるものに気がついた。 「これは……?」 それは1枚の紙だった。名前が書いてある。 (ディリータ……彼の置手紙か?) ぽちょむ君は首を傾げ、そして紙を捨てた。きびすを返し、歩き続ける。 (僕は、僕の道を進むんだ……必ずせふぃを見つけてみせる……) 紙には一筆、『むきょ〜』とだけ書かれていた。ぽちょむ君には、これが何を意味するのか、まだわかっていなかったのだ。 「……また何も食べていないのだな」 ヴォルマルフは食器を一瞥し、そう言葉を洩らした。 彼女は静かだった。床にもたれ、生気が感じられないほどに沈んでいた。 彼女は静かだった。何もかも投げ捨てた彼女。自分自身すら捨てた、ただの女。 その静寂な部屋に、1人の剃髪な男が入ってくる。ヴォルマルフはその気配へと目を向けた。 「ドラクロワ枢機卿か……」 「どうですかな、ヴォルマルフ殿。彼女の容態は?」 「相変わらずだ。プライドだか何だか知らぬが、この娘はまだ我々に楯突こうというらしい」 彼女の身体がわずかに反応する。しかしドラクロワは薄く嘲笑を浮かべ、 「ヴォルマルフ殿、彼女はまだ何も知らないのですよ」 「そうか……哀れな娘よ」 「……どういうこと?」 そこではじめて、彼女は顔を上げた。 「お前は、オヴェリアではないのだ」 「ええっ!?」 驚愕する彼女。あまつさえ身体を震わせて、 「そんな! 私はヒロインになれないというの!?」 彼女――セルフィアは頭を抱えた。 部屋に静寂が戻った。というよりは男2人が、どう突っ込んでいいのやらと困っていただけだった。 |