最初に入ってきたのは、昨日広瀬と一緒に新しく入ってきた中村である。その後ろに、
半分寝ぼけているような顔の男。身長は、中村と同じくらいである。その後、中布利、仁
科と続いて、殿は、白石ほどではないが、色白の男だった。背丈はやや低く、百七十前
後といったところだろう。
 彼等は、それぞれ席に着き、中布利だけが教壇の丈の高い席に着いた。いや、もう一
人、彼の隣に席を移動させたのがいる。さっきの、色白の男である。多分、この男が作戦
主任参謀なのだろう。彼は全員が席に着いたのを確かめると、ポケットからポインターを
取り出し、その場に立ち上がった。
「えーと、さっき、『黒豹』には自己紹介したんだけど……「戦女神」は来てる?……ああ、
そう、分かった。ありがと。えー、俺は作戦主任参謀、五組の安野定治といいます。聞い
たとは思いますが、俺は戦闘勃発前しか来ません。勝手な奴だと思われても、来ないも
んは来ないのであしからず。」
「……………………。」
 広瀬は、肩透かしをくらったような気分に陥った。というか、こんな人間に作戦主任とい
う、人の上に立つ役を任せられるのかという、素直な疑問を抱いた。ふと見ると、彼女の
隣に座っている中村も、同じような反応を示している。先に紹介されたとはいえ、やはり
変に思うものは思うらしい。他の人間は、慣れているのか、微動だに反応を示さない。
「んで、本題に戻すと、昨日の午前九時、処刑したはずの笹原将司前・司令長官の生存
が先ほど確認され、これの再検討について何か―― 」
「――と、悪い。ちょっと待った。」
 と、半分寝ぼけた顔の男が安野の言葉を遮った。さっきの話からして、彼が第二艦隊長
だろう、と広瀬は見当をつけた。確か、津波はケンと呼んでいたか。
「俺は昨日まで休んじまってて、初対面の奴がいるだろうから、俺もここで自己紹介しとい
た方がいいと思うんだが。」
「……そうだな、じゃ、そうしてもらおうか。ついでに中村と広瀬も、もう一度頼む。」
 と、これは仁科。
 男は、安野に習ってその場に立ち上がった。同時に安野は、一旦着席する。
「あー、俺は第二艦隊『紅炎』隊長、十五組の古谷研です。三日前から風邪をひいて休ん
でいましたが、どうぞよろしく。」
「二組の中村弘俊。第五艦隊『黒豹』隊長っス。」
「えと、第六艦隊『戦女神』隊長、八組の広瀬菜恵です。よろしくお願いします。」
 中村と広瀬、二人もそれぞれその場に立ち、そして自己紹介を終え、着席した。それを
確認して、安野は再び立ち上がった。左手にポインターを、そして、右手にチョークを持ち、
要所々々を書きながら黒板に向かって話し出す。
「それでは、改めて本題に入る。前・司令長官の生存が確認されたのは今から十分ほど
前の午後一時二十分。情報処理班の“小宇宙”が、前・司令長官の半径一メートル領域
において、CD反応を感知。残データ内容の詳細は未だ不明だが、最低限として戦闘可
能レベルのデータの健在を確認している。」
「質問。」
 言って、挙手したのは山代である。瞬間、彼はオペレーション・ルーム内全ての注目を
浴びた。それに対し、安野はただ、黙って彼をポインターで指した。彼は席を立たず、その
場に着席したまま、
「感知したCD反応が、前・司令長官の“小宇宙”であるとは限らないんじゃないですかね?
感知ミスか何かで、誤った結果を得たとか。」
「その時彼は、“小宇宙”と思われる物を実際、手にしていた。それはまず、ないと思うわ。」
 応えたのは、山代から向かって、右手の一番前に座っている汐月だった。彼女は、後
ろを向いてそのまま話を続ける勢いだったが、それはまた別の人間に遮られる。
「でも、裏主砲を受けた“小宇宙”は、何かしらのデータ破損があるんでしょ? だったら、
裏主砲を受けた戦闘型“小宇宙”に、戦闘可能レベルのデータが残ってるわけないんじ
ゃないのかな?」
 仁科は、珍しくとまもなことを言う後ろの白石を、首を回す動作のみで見た。白石は彼
に同意を求める視線を向けたが、彼はそれに気付いてか、
「それが分からないから、こうして作戦会議を開いているんだ。少しは成長したようだが、
そこらへんの洞察もできてくれないと困る。」
 そう言って、また前に向き直ってしまった。白石は、それに対し、隠れて舌を出して応え
る。隠れてといっても、相手は前を向いているので見えないのは当然である。もっとも、教
壇にいる中布利からは見え見えだが。
「しかし、分からんからっつったって、前例がないことについて話し合うたって無駄じゃない
んか?」
「だからといって、このまま黙っているというわけにもいかんと思うがね。それに、戦闘員
中一番頭の回る人間の言うセリフにしては、いささか弱気過ぎるんじゃないのか、なあ津
波?」
 仁科は、今度は身体ごと後ろに向けた。津波はただ、黙って肘を机について、顔を支え
ているだけである。彼の前に座っている、広瀬が意外そうな目で彼を見るが、彼にはそれ
に気付かないようだった。
 仁科の言葉を境に、しばらくオペレーション・ルームは沈黙に包まれた。中布利は依然、
顎の下で手を組んでいるだけである。安野はポインターを伸ばしたりひっこめたりしていた
が、ふいに彼の前にいる二人に話しかけた。
「……何か意見はあるか、新入りさん?」
「い、いえ、私はちょっと……。」
「俺も、まだよく分からないトコがあるんで、どうも……。」
 案の定、二人は答えられない。だが、安野の狙いはそれではなかった。
 作戦主任参謀として、自分が活躍するには、いい作戦を練るしかない。だがそれには当
然、戦闘で使える人間が分かっていないとできたものではない。そして、その戦闘に参加
する人間を決定するのが、軍務において実質上トップにいる中布利である。
 しかし――
(こいつ、全員が何か言わない限り、うんともすんとも言わないからな。)
 できれば戦闘員の選択も、作戦のうちに入れて欲しいと安野は思うのだが、頑固として
中布利はそれを聞いてくれない。
(ひょっとしてこいつ、ちょっとでも目立ちたいんじゃねえのか?)
 などと、勝手な推測を立てているうちに、その中布利は、いつものように沈黙を破った。
安野の思った通りに。
「……CD反応の有無に関わらず、奴が生きていたとなると、奴からの反撃は必至だ。し
かし、帝国に対する反逆は、G・ワンダフル原田様の名の下、どんな手をもってしても阻
止せねばならん。笹原前・司令長官抹殺計画――SE計画を実行するために、四人の戦
闘員を行使する。これについて前回、同計画に携わった第三艦隊「白竜」は、エネルギー
レベルのチャージ中のため、今回は同計画から離れ、代わりに新戦闘員のうち、最低一人
を行使することになる――」
 シュ……ン
 唐突に聞こえた、扉の開く音に、オペレーション・ルーム内の人間全員が、一斉に注目
した。
 帝国の人間で、現在この場に来ていないのは軍務尚書の堀田と、皇帝・原田の二人だ
けである。通常、この二人はミーティング(今回は作戦会議だが)には参加しない。稀に顔
を出すか、戦闘時に来るだけである。それだけに、中布利を含め、全員が緊張を走らせる。
 だが――姿を現せたのは、その二人のうち、どちらでもなかった。
「なっ…………!」
 声にならない声を出したのは、中布利を含む、参謀三人だった。オペレーション・ルーム
へと入ってきたのは、一人の男――ずんぐりとした体格で老け顔の、鋭い目つきをした黒
縁メガネの男である。さらに男は、右手にヘルメットのような物――“小宇宙”を持っている。
 男は、参謀達の驚きをよそに、づかづかとオペレーション・ルームへと入ってきた。不敵
な笑みを浮かべながら中布利の前まで――安野には目もくれずに――来ると、おもむろ
に“小宇宙”を差し出した。
「預かり物を返しに来たぞ、中布利……。」
「笹原…………!」
 静かに、やおら強い口調で中布利は男の名を吐き捨てた。男――笹原は、浮かべる笑
みをさらに深め、“小宇宙”を教壇の上に置いた。
「帝国の人間でない奴に、これは必要ないだろう。だからこれは、俺にとってはお前から
の『預かり物』でしかない。もっとも、こいつはお前の差し金によってイカレちまってるがな。」
「…………何?」
 笹原の一言に、さすがに中布利は表情を変えた。それは他の参謀・戦闘員も同じこと
で、ざわめきがオペレーション・ルームを飛び交う。ただ一人、山代だけが興味深そうに
前・司令長官の方を見る。
「イカレているって……それは、完全にデータ破損しているということか?」
「そうだ。ものの見事にやられた。そもそも、後ろから裏主砲の奇襲を食らってデータが破
壊されないって方がおかしいだろ?」
「バカな! お前の半径一メートル領域からCD反応が確認されているんだ!」
「だが、それが“小宇宙”のものだとは限らんだろう? お前は発想の概念がないから作戦
主任にはなれんのだ。」
 にい、と笑って笹原は、普段は決して取り乱すことのない仁科を見下した。それから彼
は、辺りを見回すように首を回し――視点を山代に定める。
「見慣れん顔がいくつかあるが――それでも、取り乱してないのは相変わらずお前だけ
だ、なあ、山代?」
「とは言っても、帝国一の能力は奇襲と冷静さだけだ、そう言いたいんだろう?」
 表情ひとつ変えず、応えてくる山代に、笹原はさらに笑みを深めた。
「いいねぇ。お前のような人間があと二人でもいれば、この素晴らしい人材を、お前ら帝
国は失うことはなかったんだろうが……まあいい。お前の能力に免じて、情報主任参謀
殿の言う、CD反応の正体を教えてやろう……。」
そう言って、笹原はポケットから何か取り出した――長方形の、ガラスのような物である。
大きさは、眼鏡の二つのレンズを端から端まで覆うことのできるほどのもので、その片端
には、プラスチックの器具が付いている。どうやら、耳でそれをとめるものらしいが、そうす
るにはいささか耳にかかる負担が大きいのではないか――
「――とでも思っているのだろう、仁科?」
 ビクッ、と仁科の身体が震えた。驚愕の目でこちらを見る仁科に背を見せ、笹原は中布
利に向き合った。中布利はもう、驚愕の表情は見せておらず、いつもの手を顎の下で組
む格好のまま、沈黙を守っている。
「お前は分かっているのか、中布利? これがお前達、帝国を滅びに導く秘宝だということ
が。」
「そんなこと、知る必要はない。」
 冷淡に言い放つ中布利に、今度は笹原が驚愕した。
「無理するなよ、中布利。お前があせる気持ちも分からんでもないが、見栄を張る必要も
ないだろう。」
「見栄だと? そんな物で、我々帝国が滅びることはないと言ったのだ。貴様こそ、乱心し
ているのではないか?」
 迷いのない様子で、中布利は静かに言い放った。途端、笹原は大笑いをして教壇に置
いた“小宇宙”をバシバシと叩く。安野は、笹原が本当に乱心してしまったのかと思ったが、
彼の目に狂乱の光が灯っていないのは、安野の目からは明らかだった。
「笹原、そいつは戦闘機能を持っているのか?」
「……それは、ただのガラスじゃないな。」
 安野の後を続けたのは津波である。笹原は言われて――多分、津波にだろうが――
眉をピクリとはね上げる。彼は、声のした方に向かって、
「……当然だ。何たって、秘宝だからな。」
「聞いたことがある。磁気フィルムと似た要領で情報を記憶できるガラスのような物質が
あるってのを――確か、データ・クリスタル。」
「さすが、そういうことに関しては博識だな。」
 そのデータ・クリスタルをかざして見せて、笹原は自慢げに口を開いた。
「“理想郷”――お前達の“小宇宙”のような呼び方をすると、俺達はこれをそう呼んでい
る。だが、単なるスペースオペラの体験装置ではない。自分の望む、理想の地に導いて
くれる――それが、これだ。そして、それはまさに、軽量かつ大容量を誇るデータ・クリス
タルが可能にしてくれたのだ!」
 まるで、独裁政治家の演説のような口調で、彼は叫んだ。仁科、汐月といった前列にい
る人間は彼に圧倒され、中村、広瀬の二人に至っては口をポカンと開けているだけである。
状況が飲み込めていないだけともいうが。
 笹原は、“理想郷”をポケットにしまうと再び中布利に向き合った。中布利は相変わらず
微動だにしていない。笹原は彼の眉間に人差し指を突き刺すように向けると、渾身の笑
みを浮かべた。
「というわけで中布利。これはお前からの『預かり物』でもあり、お前への『宣戦布告』で
もあるのだ。しっかりと受け取ってもらいたい。」
 そう言って、“小宇宙”を中布利の方へと押しやった――同時に、彼が思っていた通り
の返事が返ってくる。
「……俺達と言ったな。貴様には、同志がいるのか?」
「同志だと? お前とは違うんだ、兵士と言ってもらいたいな。」
 彼は、用意しておいた返事を返した。
「新進団体“スーパー・ノヴァ”――イカれた“小宇宙”からシステム解析し、新たに“理
想郷”を創り出したドンを筆頭に、いずれはこのK予備校を牛耳る――というのはあくま
でも肩書きであり、実際のところは俺の復讐のための道具にすぎんがな。今はまだ二
人しかいないが、それでも今のお前達を葬るには十分な戦力だ。四日後に模試がある
のは知ってるだろう? その時に、俺達も参戦させてもらうぞ。ほんの小手調べ程度にだ。
ほんのな……。」
 言い終えて笹原はきびすを返した。安野や仁科は笹原に対して何らかの反応を示した
が、中布利はただ、前方を凝視するだけである。彼等は中布利の様子を見てその場は
とどまったが、笹原はそれを期待してはいないようだった。
 津波や古谷、山代といった戦闘員は特に反応は示さない。今、そうせずともすぐにそう
せざるを得ない状況になるということは、中村や広瀬にも明解だった。
「新進団体……“スーパー・ノヴァ”か……。」
 ポインターを縮め、壇上で安野が呟く。
 今はじめて、新たな敵と直面して、役職に関わらず全員が今までとは全く違う目的に
よって、団結されつつあった。
 そしてただ一人、いつの間に移動したのか教室の隅で坪内が、何も知らずにいつもの
ように眠りこけていた。
 
 


 

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