第1章・帝国とは何か
ズゥゥ……ン
光の白刃が、宇宙に漂う戦艦の一隻を飲み込んだ。
光の通った後には何も残らない。戦艦を成していた物質も、その戦艦に乗っていた人間も。
ただ、宇宙に漂う星々が静かに煌めくのみ……。
その、戦艦に乗っていた人間は確か、ただ1人だったろうと、戦艦を打ち破った男・白石は胸
中で記憶を辿っていた。
彼の名は白石善雄。帝国“バイツァ・レグルス”の第三艦隊長である。黒の短髪で、背は百
六十後半といったところである。彼は中指で眼鏡のズレをなおし、正面のビジョンに目をやった。
破壊した戦艦に憂いを覚えながらも、空母『動く要塞』へ帰還し、そのままオペレーション・ル
ームへと足を運ぶ。
しばらく直線の廊下を歩き、やがて彼の目の前に一枚の扉が現れる。が、それは彼が近づ
くことによって、容易に姿を消した。
「三艦・白石、入ります。」
「ウム。」
オペレーション・ルームには、既に一人の男が席についていた――帝国の統帥本部総長兼・
参謀総長の中布利漁である。彼も黒の短髪であるが、若干長めである。背丈は白石よりも少
し高い。彼は、両手を顎の下で組む形で、ただ漠然と目前を凝視していた。掛けている眼鏡が、
ライトに照らされ鋭く光る。
「三艦……指令、終了しました。」
「ウム、御苦労。」
白石は、やや言い難そうに指令終了を報告した。対して中布利は、さっきから微動だにして
いない。
「参謀総長……よかったのでしょうか、これで?」
「問題ない。むしろ、好都合だ。何しろ、皇帝直々の命令だからな。無事指令を遂行できて、
G・ワンダフル原田様もさぞかし喜んでおられるだろう。奴は我等帝国にとって、どれほど害を
成していたか、よもや知らぬとは言うまい?」
「いえ……存じております。しかし……何も、裏主砲まで使うことは……。」
「仕方あるまい。あれとて司令長官だった男だ……一筋縄ではいかなかっただろう。故に裏主
砲による不意打ちでしか奴を消すことは不可能だった。」
「ハッ…………。」
小声で応じ、だが白石は俯いた。彼の指揮する第三艦隊の裏主砲――“白竜の吐息”は文
字通り、第三艦隊の切り札である。切り札はそう何回もできるものではない。再発するのに、
エネルギーレベルを回復させる必要がある。そしてそれは、時間の経過しか解決法がない。
「案ずるな。お前はしばらく休んでおけ。これからの重大任務は、第一・二艦隊に任せることに
してある。第三艦隊のエネルギーレベルが回復するまではな。」
「……分かりました。」
「ウム、そろそろ皇帝が来られる刻だ。お前から直接、任務の遂行を報告するがいい。休暇の
報はあの方から詳細を聞くよう――」
シュ……ン
唐突に聞こえた、扉の開くかすかな音が中布利の言葉を遮った。彼と白石の二人は、開いた
扉から入ってくるであろう人物の方を見やる――
しかし、それより早く、何か固い物が二人の脳天を直撃した!
「っ痛…………!」
二人に与えられた衝撃は、彼等を苦悶させた。白石はその場にうずくまって頭を抱えている。
中布利はしばらく呻いていたが、何者かが立っている気配のする方へ視線を投げつけ、叫ぶ。
「誰だ!? 一体何を……って、え――?」
間抜けな声を出して中布利は、そこにいる人物――二人を殴った男を見やった。男は歳の頃
は三十過ぎ、背は高く百八十強はある。やせぎすの黒の短髪で、スーツで身を固めている。憤
怒の形相で彼は、しかし静かに二人に言い放つ。
「……そんな所で遊んでないで、とっとと授業に出んか貴様等!」
「す……すいません、南先生。」
謝ったのは白石である。彼は、先生と呼ばれた男に殴られた頭をさすりながら、申し訳なさそ
うに上目遣いでその男を見ている。しかし、その男からは白石の、いや二人の表情など分かる
はずがなかった。
「……いいから、とっととそいつをはずせ! ったく、お前達はここを一体どこだと思っているんだ!?」
叫んで、男は二人が被っている物――頭部をすっぽり覆っている黒いヘルメットのような物を
指さした。それは、口だけはむき出しになっており(小さなマイクがついているが)、視界は小さ
なフィルムのようなディスプレイで阻まれている。二人はそれ――スペースオペラ体験用のヴァ
ーチャル装置を取り外すと、それをしぶしぶと各自持っているカバンの中に入れた。同時に中布
利が口を開く。
「先生……なぜ、ここが分かった?」
「分かるも何も、お前達がこの一番教室のことを「オペレーション・ルーム」と呼んで無断使用して
るのは、今に始まったことではないだろうが。」
男は、うんざりとした表情で、続ける。
「それに……そうでなくとも、あいつが来た時点で否応なく分かることだろうが。お前達もどうにか
したらどうだ、あいつを?」
言い終えて男は、一つため息をついた。その様子に何も反応を示さない二人を見て、彼は半ば
諦めたのか、かぶりを振った。
「いいか、何でもいいから早く授業に戻るんだ。分かっているだろうが、ここは――」
少し躊躇して、彼は言葉を続けた。
「ここは――予備校なんだからな。」
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