橋は、十分とかからぬうちに架かり終えた。
赤と黄色の、燃えるような色彩をしたその天空に架かる橋は、地上の駅と天空の城とを
二十六人。
相手にしてみれば大人数だが、冷静になって考えてみると、決してそう多くない兵士の残
骸を思い浮かべて、リオは首を傾げた。
(おっかしいなあ……。)
全員今は縛り上げているため、動けない。それでなくとも、大半はリオの『チャージ』か、力
に任せて突進する男達による『洗礼』を受けているため、ぐったりとしている。
(一日にたった二回しかない地上とのアクセスに、たったこれだけの兵士しか送り込まない
ってのは、どう考えても変よ。そりゃ、アースガルドには他にも支部みたいなのがあるだろう
し、何人かはまた別に地上部隊として割り振っているんだろうけど、兵士は何千人もいるん
だから、本部にはそれなりの人数がいるはずよね?)
女子供達と何人かの男は、町の中に戦闘警告を出しに行っている。残りの大半の男達は
駅周辺に残り、兵士を捕まえて拷問したり、あるいは今後の展開を考えたりしている。
そしてリオは、とりあえずヴァルグに現状報告をしにと、セッスルムニールへの帰路に着い
ていた。
あれから応援として駆けつけてきた兵士が十八人。そのうち、本当に“応援”として地上に
降りてきたのは、実は一人もいなかった。
(ひょっとしたら敵が本部に乗り込んでくるかもしれないって時に、非常時に動けるような兵
士が一人も応援に来なかったってのは、絶対に何かあるはずよ。まさか、その非常時に動
ける兵士ってのが存在しないはずはないだろうし──)
戦況は、こちらが常に優勢だった。それが、アースガルドから見てとれないはずがない。
確かに、本部へ逃げようとする兵士達は全てその場でふんじばったのだが、それでもこの
ことは本部へと伝わっているはずである。
(……じゃあ、その“非常時に動ける兵士”がいなかった、と仮定するとして──そうすると、
理由として挙げられるのがまず、人数不足だってこと。これは却下ね。千人単位の兵士が
既に地上に降りているのなら、とんでもないことになっているはずだから。)
一人うなずき、黙々とペダルをこぎ続ける。視界に入ってくる景色が、見慣れたものとなっ
てきていることを確認しながら、
(次に、その兵士達が別のことに借り出されていた場合。でも、私達が潜入しようって時に
も兵士を割り当てられないほどの、何か大事なことでもあったのかな? そうなると、考えら
れるのは、別の所から攻め込まれていたか、あるいは別の所を叩いていた──?)
スドゥンッ!
(──え?)
突然起きた爆発音に、リオはとっさに顔を上げた。
気がつくと、もう彼女はセッスルムニールとはそんなに離れていない所まで来ていた。町
並みの間を縫って、あの背の高い館をちらっと見ることができる。ただ、いつもと比べてはっ
きりとは見えない──つまり、黒い煙に紛れているために。
(爆発……まさか、あそこで?)
懸念を抱き、リオはペダルをこぐ足に力を入れた。通行人(いや、野次馬)が何人か行く
手を阻んだりするが、おかまいなしに進んでいく。
広場には行かず、直接セッスルムニールの玄関の前まで来て、彼女は『セルフ』から飛
び降りた。そこにもかなりの人だかりができていたが、それを何とかこじ開けようとする。
「どいて、お願い。通して!」
もみくちゃにされながらも、何とか玄関をくぐったリオは、そのまま喫茶店のカウンターの
裏──つまり、会議室へと走っていった。結局そこへ行くのなら、裏口に回った方が早かっ
たと後悔するが、今となっては仕方がない。彼女はドアを開け、会議室へと足を踏み入れ
──
「──え?」
彼女の目に映った光景は、まるっきり彼女の想像外だった。
まず、ヴァルグがいた。手負いらしく、血を流している右腕を痛々しくぶら下げている。もた
れるように机に背を預け、彼はこちらを静かに見返している。まあ、そこまでは理解できる。
恐らく、アースガルド兵に襲われたのだろう。
が、分からないのは彼の足下だった。銀髪の、中年の男がヴァルグと同じく、手負いの状
態で倒れている。彼の方がヴァルグよりも傷がひどいようで、頭や腹、至る所から出血をし
ている。そんな中、彼はこちらに気付いたらしく、うめき声をあげながらも頭だけを起こそうと
していた。よく知っている顔。彼女にとっての、とても大切な存在。
「──父さん?」
そう言うが早いか、リオは彼──クランの方へと駆け出した。
「リオ……ぶ、無事……か?」
「私は、私は大丈夫、だけど……何で、何で父さんがここにいるの!?」
「アー……スガルドの、連中が……本格的にこ、この町に……攻め入るって話をたまたま…
…聞いたもんでな……お前達が、心配で……ここに来て……みたんだ……。」
「父さん……まさか、私達が『ヴァルキリー』に参加しているのを知ってて……?」
理由はなかった。ただ何となく、リオはヴァルグへと目を向けた。
「どういうこと……なんですか?」
「お前達がここを出ていって……昼過ぎくらいか。彼がここにやってきて、話をしてくれた。お
前達の父親だってことも聞かされたよ……そして、二人でお前達を追うって話になってな。
ちょうどその時だ。連中がいきなりやってきて、私達はこのザマさ……二、三階もほとんど
破壊された。ついさっき、裏口から逃げていったんだが……。」
そこまで言って、ヴァルグは片膝をついた。力尽きたのかとリオは思ったが、そうではない
らしい。乱れる呼吸を整え、彼はクランの腹へと手を置くと、何かを念じるように目を閉じた。
そして、彼の手が淡く光り出す。
「ヴァルグさん……?」
「私は……大丈夫だ。そして、お前の父親もな。守れなかった責任は必ずとってみせる。治
療は、私に任せろ……だから、お前は行け。俺達の分まで……存分に暴れてやれ!」
解放を意味する彼の言葉に、しかしリオの身体は金縛りにあったように動くことができな
かった。行けと言われても、行くことができない。放っておくことが、できない。
「……いや、私もここに残る。」
「行くんだ、リオ。」
「いや! 私も父さんを助ける!」
「リオ……行くんだ。」
かすれ声を出して、クランはかぶりを振るリオに、震える手を差し伸べた。そんな父親を、
リオは涙をためた双眸で静かに見つめる。
「父さん、でも……」
「お前達が……私に黙って『ヴァルキリー』に参加……していたのは……知っていたよ……
そして、お前達の……気持ちもな……。」
「父さん……」
「さあ……早く、ウォードの所へ行ってやりなさい……一人より……二人の方が……心強い
だろう……?」
それ以上は、クランは何も言ってこなかった。薄く笑みを浮かべ、眠るように静かに、目を
閉じてからは。
彼女もまた、目を閉じた。閉じた目からは、溢れた涙がこぼれ落ち、頬を伝う。痛々しい父
親の手を優しく握りながら、リオは何かを考えていた。が、ふいに目を開けて、そのままその
場に立ち上がった。
「ヴァルグさん……父さんのこと、頼みます……!」
そう言って、リオは裏口から外へと飛び出した。
涙で濡れた頬が、外の風にしみる。その風を切るように、彼女を乗せた『セルフ』は、もと
来た道を戻り始めた。
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