戦闘員達は、迅速に、かつ静寂を装って各階のエレベーター前まで行き、足を止めた。
     そしてそれぞれ、同士討ちのないよう適度に距離を取って、エレベーターを包囲する。昇
     降速度が遅いため、四階を包囲し終えた時点でも、エレベーターはまだ二階を通過した
     ばかりだった。
     「空母狙いではない、か……。」
      二階のエレベーター前の映像を前に、安野は低く独白した。
     「笹原の性格からして一気にカタをつけようとはしないだろう。この勝負、お互いの殲滅戦
     と思った方がいい。」
      安野の独白が聞こえたらしく、誰に言うともなく、席に着いたまま仁科が言う。もちろん、
     エレベーターが三階を通過したことの確認は怠らない。
     「奴等は上から攻めてくるつもりだ! 二、三階に待機の各艦隊は、注意を階段に集中さ
     せろ! 敵を確認し次第、距離を取りつつ包囲し、自分の標的を確実に打ち抜け!」
      敵の確認とはつまり“理想郷”の電源を入れた時の確認のことである。実際はいくら壁
     があっても、宇宙画面ではどこにいてもCD反応を確認することができる。
     (もし、壁を貫通する波があったとして、それを裏主砲に利用すれば一気にカタがつくんだ
     がな。)
      壁があれば、波は反射してしまう。実体がα波である飛び道具の類は、相手は壁越し
     に見えたとしても、そこまで行かないと攻撃ができない。だが逆に言えば、姿を見られて
     も攻撃されるとは限らないのだ。その辺りのかけひきが、初体験であるがために上手く
     できるかどうか。安野にとって、それは一番の懸念であった。
      エレベーターが四階に上がってきた。間もなく扉が開くことを予測し、『紅炎』と『月槍士』
     がそれぞれ、左右から挟むようにして攻撃体勢を作る。そしてエレベーターの位置を表す
     ランプが四階を点灯し――
     「……………………なっ?」
      素通りした。
     「何だとぉっ!?」
      仁科と安野が、それぞれ驚愕の声を洩らす。
      だが、汐月だけは動じなかった。予想外の出来事には、何か必ず裏がある。彼女はその
     「裏」であるはずの事項を敏速に見極め――
     「後ろよ、『戦女神』!」
      彼女の警告と同時に、広瀬は身をひるがえした。汐月の視界には、それが『戦女神』が
     急速反転し、横に逃げたかのように映る。
      その直後だった。それまで『戦女神』がいた空間を、無数の弾幕が引き裂いた。そして
     それは、向かいの壁――エレベーターの方へと突き進み、壁に当たって霧散する。
      それを見て、津波は反射的に後ろ――階段の方へと視線を向けた。と同時に、かつて
     味わった恐怖が、身体の中で深々と蘇る。
      視界に飛び込んできたのは、一艦の戦艦だった――いや、戦艦ではない。それとはス
     ケールの違う、また帝国の艦とは違ったグラフィックの空母――
     『よく避けたな……まあ、挨拶程度のものでくたばってもらっても、こちらとしては退屈極ま
     るものなのだが。』
      声は“小宇宙”を通して聞こえた。空母『動く壁』が、少しずつこちらとの距離を狭めてき
     ながら。
     『奇襲するつもりだったのだろうが……生憎と、こちらからも情報は入手できるんでな。化
     かし合いはこちらの方が上手だった、ということだ。』
     「――それでも、勝負に負けたら話になんないでしょ?」
      唐突だった。笹原の声が、文字通り切られてしまった。その、一瞬の視界の暗転から彼
     が気がついた時には既に、目の前には『天騎士』を覆い隠すようにして『戦女神』がはだ
     かっていた。
      裏主砲のエネルギー充填をさせて。
     (これだけの至近距離なら、かわせないでしょっ!)
     「“美しき死神”ぅっ!!」
      ズドォォッ!!
      完璧だ――その膨大な光熱波を目の当たりにして、安野は拳を握りしめて歓喜した。
     笹原の油断、裏主砲発動のタイミング、そしてその威力。そう思ったのは当の広瀬や津
     波も同様だろう。中布利でさえ、そう確信したかもしれない――爆発の直後に見えるであ
     ろう『動く壁』の無惨な姿を、これを見ている誰もが目に浮かべ――
      戻ってきた光が、『戦女神』の艦体右半分をえぐった!
     「なっ!?」
     「うあああぁっ!」
      広瀬の悲鳴が、“小宇宙”を通して鼓膜に響く。受けたダメージは「艦」のものだが、そ
     の振動は「搭乗者」にまで到達する。
     「『戦女神』被弾! ライトオプションの全機能が使用不能! 帰還不能です!」
     「裏主砲システムが中破、四十二パーセントの戦力ダウン!」
     「裏主砲システムはいい。笹原は何をしでかした?」
      その静かな声は、未だ冷静さを保っていた仁科、汐月の二人を凍てつかせた。姿勢す
     ら崩さない中布利が、“小宇宙”の中から疑問の声をあげたのだ。
      汐月が、戸惑いを含む声で静かに応える。
     「恐らく、反射――だと思います。『隠者』のような。」
     「いい考えだ。」
      そう言ってはじめて中布利は、彼自身の行動に出た。“小宇宙”のスイッチを切り換え、
     音声を『動く壁』に繋げる。そして廊下笹原がいるであろう方へと視線を向け、
     「艦体に反射機能を施したか……真っ向からの“美しき死神”を反射した、だと?」
     『……そうだ。これで貴様達の攻撃の手札は消え失せたわけだ。新入りとやらの裏主砲
     が、仮に反射の許容範囲外の攻撃力を持っているとしても、俺達の全滅は――いや、俺
     がやられるということは、ありえない。』
      無論、声は笹原のものだった――彼がしゃべっているその間に攻撃を受けてしまえば
     対処のしようがないはずなのだろうが、彼に攻撃できる艦が存在しなかったのだ。
      そして何より――『戦女神』が受けた精神的ショックが大きい。
      『動く壁』は、裏主砲エネルギーのチャージを始めた。『戦女神』は狼狽えるばかりで、
     動けない。いつの間にか『動く壁』の後ろに回り込んでいた『白竜』も、何かに憑り付かれ
     たかのように、微動だにしない。
     『哀れだな、弱者というものは……』
      そんな笹原の独白が『戦女神』に聞こえたかは分からない。
      刹那、笹原の笑みと共に放たれた、膨大な光の波に『戦女神』の艦体は成す術なく飲
     み込まれていた。
 
     (だが、お前は大きなミスを犯している――)
      中布利の、胸中を察しうる人間がいるとすれば、今のところ一人しかいない。
 
     「のわっと!?」
      間抜けた声だ――自分でもそう思いながら、古谷はかろうじてミサイルの群れをやりす
     ごした。
      いや、相手がわざと外したのだ。西村は胸中でそう、訂正した。
     「な、何だ? なぜ後ろから攻撃が……」
     「後ろに敵がいるからさ。」
      ぎょっとして古谷は、声のした方を凝視した。一見、宇宙空間に紛れて見落としがちな、
     漆黒を纏った艦体。帝国のものとは違う、まさに破壊そのものを司るような、不気味な型。
     『そんな当たり前のことを理解できないほど、焦燥したとでもいうのか? たった一度の攻
     撃で。』
     「う、うるせえっ! それよかてめぇ、いつの間に後ろに回った!?」
     『いつの間にも何も……この“理想郷”ってやつのスイッチを入れ、一旦エレベーターに乗
     ってスイッチを切り、五階に上がるように設定して降りただけだ。あとは貴様等がエレベ
     ーターに気を取られている間、階段を使って上ってきた。それだけのこと。』
      しれっと――自分自身の言葉にすら、興味を示さないように――松本は言った。
      だが、その「しれっと」という、彼の態度が気に入らなかったらしい。古谷は眉をつり上
     げると――といっても、向こうにはその様子は見えないのだが――反射的に、手元のボ
     タンを連射した。
     「なめんじゃねぇっ、この野郎!」
      さっき松本が放った以上の弾幕が、『紅炎』から放たれる。が、それを松本は全て紙一
     重でかわす。
     「ンなろぉ、ちょこまかとっ。」
     『――そういえば、』
      未だ弾幕をかわしながら、松本はそんなことを言ってきた。それを余裕と見て取ったか、
     古谷がボタンを押すスピードが上がるのだが、変わらず敵艦には当たらない。
     『自己紹介がまだだったな。といっても、俺の名前なんぞ紹介する気はないが。この、俺
     の艦の名お前等は確か、作戦名とか呼んでいるらしいが。そいつは『滅びの方舟』って
     んだ。まさに俺の艦に相応しい名だ。そうは思わんか?」
     「やかましいっ、さっさとくたばれってんだ!」
      早口にそう、短く叫んでなおも連射の速度を上げる。しかし、結果は変わらない。
     『シューティングゲームに強くなるコツは……いかに微動で相手の弾幕をかわし、少ない
     手数で相手を打ち落とすかだ。』
      自分に向けられ――空を切り、壁に衝突して消えていくだけのために――放たれる無
     数のミサイルを横目にしながら、松本は静かに呟いた。独白ではない。かといって、誰か
     に話しかけるというような口調でもなく。
      だが、彼は確かに「言い聞かせて」いるのだ――
     「……ちぃっ、埒があかねぇっ! おい、『月槍士』! ボッとしてないで、てめえもちょっと
     は奴を攻撃しろ! そこから後ろに回り込め!」
      言うと同時に『紅炎』は、艦体をひるがえして横に飛ぶ。無論、『月槍士』の弾幕に当た
     らないように、である。
      実際、『滅びの方舟』は『月槍士』を注視していなかったらしく、容易に後ろを取ることが
     できた。そこから言われた通り、西村は『滅びの方舟』目掛けて、無数のミサイルを撃ち
     込む。
      しかし、信じられないことに『滅びの方舟』は、それすらもかわし続けた。完全に背後か
     らの攻撃を、全て。
     (……だが、要はその場に足止め食らってもらえりゃいいんだよ!)
      胸中でそう、古谷は叫んだ。ひそかに押し続けていたボタンを――ターゲットを敵艦に
     合わせて――離す。
     「“情熱の炎”ぁっ!!」
      叫び声と共に、『紅炎』から文字通り、紅い炎の弾が放たれた。太陽のように燃えさか
     る裏主砲が、弾幕もろとも『滅びの方舟』を飲み込もうとし――
      ――瞬間、その敵艦が、宇宙空間に「沈んだ」。
      一体、目の前で何が起こったのか、古谷には理解しかねなかった。沈む。左右に避け
     ずに、敵は自分の切り札をくぐり、過ごした。
     (どうやって?)
      彼の脳裏に浮かぶとしたら、せいぜいこの程度の文字の羅列であっただろう。もっと
     も、彼自身がそうと気付けるほどの時間の猶予を、松本が与えてはくれないだろうが。
     『避けうる範囲は、平面だけとは限らない――』
      言い終わらないうちに、『滅びの方舟』から放たれた一筋の光が、『紅炎』を容赦なく
     打ち据える。爆炎を目の当たりにしながら、ゆっくりと松本は立ち上がった。
     『それが、3Dの面白さだ。』
      足下に崩れた古谷を一瞥し、松本は正面向かって西村と対峙した。
 
     (なぜ、反射機能を『隠者』の裏主砲に備えたか……その理由が分からないとなると笹
     原、この勝負お前は――)
 
      異様な光景だ。足下に視線をやりながら、中村はそう思った。
      何も「足下」が異様なのではない。自分の下で繰り広げられる出来事が“小宇宙”を通
     して見ることができる――そのことが彼には「異様な」ことに思えるのである。
     「……どうした?」
     『隠者』から、山代の声が響いてくる。
     「初めて見る宇宙空間に違和感を感じるか……それとも、下での戦闘が気になるか?」
      自分の足下では今、『紅炎』が敵艦――松本に、無数のミサイルを撃ち込んでいると
     ころだった。さらにその下では、あまりよくは見えないが『戦女神』が『動く壁』に接近し
     て何かをしようとし――
      ズドォゥッ!
      爆音と共に、朱に煌めく光が現れた。
      だが、その光はパッと輝いたかと思うと、まるで『動く壁』に打ち返されたように方向を
     変え、そのまま『戦女神』の右艦体を貫いた。
     「……なっ!?」
      驚愕の言葉を洩らすが早いか、既に戦闘不能となった『戦女神』を、『動く壁』は後ろの
     『天騎士』もろとも――わずかに『天騎士』が動いたように見えたが、それを無視するか
     のように――膨大な光熱波で打ち据えた。
     「どういうことだ? 敵は、エレベーターに乗っていたんじゃねえのか!?」
     「だからといって、エレベーターから襲撃するとは限らんだろ。エレベーターのスイッチを
     上まで設定した後、ドアが閉まる前にそこから出ればできる、簡単なトリックだ。」
     「……ってこたぁつまり、俺達の獲物も、階段の方から来るってぇわけか。」
      中村はそう言うなり、顔をその階段の方へと向けた。だが、そこからは人の来る気配と
     いうものがどうしても感じられない。だが――
     「……何だ、エレベーターが?」
      キリリ……という、ロープの軋むかすかな音が確かに聞こえる。五階からチューターが
     降りてきたのかと、中村は一瞬戸惑った――が、それはすぐに霧散した。
     “小宇宙”に、敵の反応が見られたからである。
     「…………!」
     「……やめておけ。」
      瞬時にして高まった士気が、それと同時に削がれてしまう。中村は眉をひそめて、
     「なぜだ? 敵の出所が分かってるんだぜ? 扉が開いたところを一撃で仕留めりゃ危険
     なんてありゃしな……」
     「そりゃ当然だ。だが、当然だからこそ、向こうもそう考えているはずだ。この狭いドアか
     ら出てきたところを撃つ。そのためには、俺達もある程度、限られた範囲内に待機せざ
     るをえない。そしてそれは、向こうにとっても絶好の攻撃のチャンスなんだ。裏主砲の攻
     撃範囲、破壊力は共に敵の方が上。同時に攻撃したとしても、相打ちが関の山さ。」
     『……さすが、ひっかからないものね。』
      その声は、エレベーターのドアが開くと同時に聞こえた。
 
 
 


 
 
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