K予備校。
 何がKなのかは知らない。ただ、校舎のてっぺんにどでかく“K”とある看板が取り付
けられている。生徒、いや浪人生が予備校の名前について知っているとすれば、その
程度である。名付け親(?)の学長をすら、浪人生はよく知らなかった。この校舎のどこ
にいるのか、どんな顔をしているのか。さらには、彼の名を知っている者さえ、そう多く
はなかった。
 リニアの駅から徒歩一分の場所にあるこの予備校は、国内でもトップクラスの合格率
を誇っていた。中布利や白石も、また、彼等が皇帝と呼んでいる人物も、実はここに通
っている浪人生である。つまり、帝国“バイツァ・レグルス”を構成している人間達とは、
全員が十九歳である。
 いや――ただ一人を除いては。
 一時限目(中布利達が行動を起こしていたのは一時限目の最中である)が終了し、中
布利は気分転換にと、廊下に配置されている自販機で、ジュースを買って飲んでいた。
その時、唐突に後ろから声がかかる。
「中布利いや、参謀総長、例の計画はどうなった?」
「……奴は始末した。計画は順調だ。後は次の司令長官を誰に決めるか、だ。」
 中布利は、後ろを振り向かずにジュースを一口飲んで、答えた。
 短めの、薄い茶髪――その男の話によると、生まれつきそんな色だったらしい――で、
身長は百七十そこそこ。赤いポロシャツにジーパンを履いた男は、中布利の返答を聞
いて静かに頷いた。彼こそが帝国内唯一の二十歳、情報主任参謀の仁科澄夜である。
 つまり、早い話が二浪であった。
 医学部志望の仁科は、帝国一頭の回転が早く、大量の情報を処理できる人間として、
中布利から情報主任参謀に抜擢された。昨年、真面目すぎてかえって入試直前でダウ
ンした仁科にとって、中布利からの登用は気分転換、もとい勉強以外で自分の能力を
活かせる機会ということで喜んで受け入れた。
 また、それ以来、彼のような人材がいないかどうか、彼自身が他のクラスの人間を勧
誘、いや登用して回るようになったのである。
 そして昨日、仁科は新たな司令長官となる人材を探し求めた――はずだった。
「……で? 司令長官が務まるような人材は発見できたか?」
「……いや、戦闘員有望者が二人だけだ。未だ、情報処理班が詮索中だがな。奴等では
艦隊は任せることはできても、司令長官までは務まるまい。」
「戦闘員……有望者だと? するとその二人は、艦隊長にはなれるというのか?」
 中布利は目を光らせた。司令長官という、頭となる人材がまだいなくとも、艦隊が二隊
も増設できるのなら、それはそれでいい。現在、帝国には第四艦隊まで存在するが、白
石の第三艦隊は休養中、第四艦隊長に関しては、予備校、いや帝国に滅多に姿を現さ
ないものだから戦力としてはあまり使えない。だが、第五・六艦隊が新設されるとなると、
今後の計画が至極進めやすくなる。新司令長官の問題は、登用されるまで、それは自分
が代行すればすむ話だ。彼はジュースを飲み干し、紙コップを握りつぶしてゴミ箱に投げ
捨てるとはじめて仁科の方を振り向き、言った。
「直接、彼等に会ってみたい。戦闘員の試験を行う――四限終了後、彼等を連れてオペ
レーション・ルームまで来てくれ。」
    「……待たせたな。」
     四限終了、つまり昼休みに入って約十分が経過し、仁科は二人の人間を連れてオペレ
    ーション・ルームへ入ってきた。
     仁科の連れてきた二人の人間――1人は、サングラスをかけた中肉中背の男である。
    自黒か日焼けかは知らないが、やけに肌が黒い。髪に茶が入っているので、それと比較
    して余計に黒く見えるのかもしれない。もう一人は、女だった。身長は百七十あるかどうか、
    サングラスの男と比べてやや低いくらいで、黒のショートカットの似合う、戦闘員のイメー
    ジとしては合わないような、外界魅力のある女である。
     美人というよりは、かわいい娘だな、と中布利の隣に居合わせた白石は胸中で独白した。
    仁科達三人は、適当にそこらにある席についた――同時に、中布利が口を開く。
    「とりあえず……まずは、自己紹介をしてもらおうか。」
     朝と同じ、両手を顎の下で組む格好で彼は言い放った。それが早いか、サングラスの男
    が親指で自分を指し、
    「二組の中村弘俊だ。チャームポイントはこの半永久的な日焼けと、寝る時もかけてるこの
    グラサンだ。よろしくな。」
     と、やけに楽しげに言ってくる。余計なことは言わなくていいのに、と半ば呆れている白
    石に対し、中布利はただ無言で中村の隣の女に視線を向けている。
     モーションかけてんのかな、と一瞬白石は考えたが、何のことはない、自己紹介を促し
    ているだけである。モーションかけてるのは自分の方だ。
     女は、これも楽しげに――というより、笑って応えた。
    「……八組の広瀬菜恵。チャームポイントは……言わなきゃいけないのかな?」
    「い言わなきゃいけないというよりかは、言ってもらった方がいいとお、思うけど?」
     ハッ、と思った時には、白石は既に自分の意見(?)を口に出してしまっていた。彼が慌
    てて前言を撤回しようとするが、それより早く広瀬は口を開いた。
    「私、人によく『いっつも笑ってるね』って言われるんだけど……チャームポイントになるか
    な?」
    「う……うん、なると、思うよ……。」
     自分のまいた種だ、と顔を紅潮させながら白石は、力なく広瀬の言葉に答えた。直後、
    彼の隣に座っている中布利が広瀬に視線を向けたまま、言う。
    「八組……国立文系中位クラスか。つまり、皇帝と同じクラスなのだな?」
    「皇帝……ああ、あの、いつもバカ殿様みたいに仮装してる人のこと?」
     恐らく仁科に聞いたことがあるのだろう、広瀬は未だ“帝国”の一員として見たことのな
    い皇帝のことを、思い出したように口にした。彼女の隣で、まあ大体そんなものだろうと仁
    科はこっそりと胸中で思った。白石に関しては、必死に笑いをこらえている。
     しかし中布利は、視線はそのままに、隣で爆笑寸前の白石を裏拳で打ち据え、きっぱり
    と、真剣に言い放った。
    「バカ殿などと言うな! それでは、あの方がまるっきりバカそのものみたいではないか!」
     違うの? と言わんばかりに広瀬は目を丸くした。彼女の態度に中布利はなおも双眸を鋭
    いものとして彼女を睨み据える。広瀬はそれに戦慄を覚えたか、黙りこくってしまった。白
    石はまだ隣で痛がっている。それを中布利は当然のように無視し続ける。
    「既に聞いてると思うが――我等帝国“バイツァ・レグルス”が存在できるのは全て、皇帝、
    G・ワンダフル原田様のおかげなのだ! それだけはいつになく忘れるな!」
     中布利は一通り言い終えると、右手の中指で眼鏡のズレをなおした。一呼吸おいて、続
    ける。
    「……それはそうと、国立文系中位クラスなら、帝国の人間がもう一人いるのだが……仁
    科、お前、奴と一緒ではなかったのか?」
     いきなり自分に話をふられ、少なからず冷静さを欠いて仁科は、
    「いや、俺もてっきりお前とここで待ってるものかと……?」
     そこまで言って、唐突に開いた扉の音に、仁科の言葉は遮られた。
 
 



 

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