コクピットまでは一本道だ。国が所有しているような大型シャトルではないから、僕が
   いた待機室から、ゆっくり行っても20秒とかからない。
   やがて僕の前に、1枚の扉が立ちはだかった。アルミ製の、頑丈そうな扉が。
   しかしそれは、僕が目の前に立つということで安易に姿を消した。代わりに、コクピット
  の様子が僕の双眸に鮮明に映る。
  「よお、ケイリ。やっぱ、ビジョンで木星を見に来たのか?」
  「ああ。」
    肩越しにこちらを向くペセタに、僕はかぶりを振って応えた。
   ペセタは操縦席に着いていた――こいつは、環境が環境なだけに、幼い頃から父親の
  操縦を見て育ち、すっかり覚えてしまったのだ。つまり、このシャトル内には、僕とペセタ
  の二人しかいない。
   彼の両親は今、二人で旅行中ということで、この3日間留守にしている。それを見計ら
  ってペセタがシャトルジャック(!)したのだ。
   今(宇宙空間で今日といってもピンとこない)、地球を発って丸1日が経過している。ペ
  セタの計画では、1日かけて到達した所で観覧飛行し、残りの1日で帰還する、というこ
  とになっている。
   やがてビジョンには、木星の全貌が映し出された。上目遣いにそれを見て、ペセタは席
  にもたれかかった。
  「木星ねぇ……太陽系最大の重力を誇る、死の星、か……アンモニアの雲が星を覆い、
  水素・メタン等から構成される大気を持つ。俺がチョイと操作をミスって、木星に近づきす
  ぎでもしたら、あっという間に引力に引っ張られ……グシャッ、だ。もっとも、真っ赤なトマ
  トができる前に、血も肉も凍っちまうだろうがな。ケッケッ。」
  「おい、ビビらせるなよペセタ。それこそ背筋が凍ってしまいそうだ。」
   独白を耳にして身体を震わせる僕に対し、ペセタは恐ろしい話をさも楽しそうに、淡々と
  続ける。
  「木星にだけ注意すればいいってもんじゃない……この辺りに、誰にも知られてない、突
  然変異でできたブラックホールがあるかもしれん。シュヴァルツシルト半径の1.5倍以内
  に入り込んでしまえば、光ですら抜け出すことはできない……。」
  「やめろぉ〜。おっ、恐ろしいことを考えるなぁ〜!」
   僕は両手をわななかせ、震える声で叫喚した。それに対しペセタは、半眼で僕へと視線
  を向ける。
  「お前……ひょっとしてムチャクチャ恐がりか?」
  「ほっとけっ!」
   半ベソ状態でそう応えると、同時に僕はその場にへたりこんでしまった。
  「何だかよ……おい、腰まで抜けたか?」
  「……………………。」
   図星をつかれたが、僕にはもう反論する気力は残ってなかった。
   それでもしばらくして、その場に立ち上がろうと思うくらいの気力が回復した。だが、身
  体の方は思ったように動いてくれないので、壁にある手すりのようなものに手をかけ、僕
  は起立を試みた。
  (……くっ、よっ……。)
   試行錯誤(?)しながらも、何とか片膝をついた状態にまでもっていくことができた。あと
  もう少しというところで、ペセタが思い出したかのように、唐突に声を出す。
  「おお、そういえばお前がいま持ってるの、脱出ポッドの取っ手だから。バキッとはずれて
  木星までひとっとびしないよう、気を付けてな。ケッケッケ。」
  「…………なっ!?」
   あまりの驚愕に、思わず手を滑らせそうになり――
  (待てよ、普通コクピットの中に脱出ポッドなんて設置してるか? それはそれで別に作っ
  てないか?)
   身体とは対称的に、頭の中はやたらと冷静だった。ともかく、「またペセタのおどしか」と
  判断して僕は、再度立ち上がろうと手に力を入れ――
   バキッ
  「…………え?」
   そんな、間の抜けたような声を残し――
   その瞬間僕は、宇宙空間へと吸い込まれていった。

 



 
 
 次のページへ
 
 小説の目次に戻る
 
 
TOPに戻る