愛犬チッチ

 

   88年8月25日。我が家に1匹の犬がやってきた。
   何かの雑種らしく、そいつが何犬なのかよく分からなかったが、そんなことはどうでも
  よかった。
   犬を飼う。
   それは、我々兄妹にとって1つの夢のようなものだった。
   その犬(メス)は、ある雨の日に、いとこの家に迷い込んできたのを父親が譲り受け
  たというもので、生後まもない子犬が親元から迷子になったのだろうと思われた。
   そしてその日。父親が段ボールに入ったそいつを我々兄妹に見せてくれた。
  「わー、ちっちゃーい。」
   ペットを飼ったことがなかった我が家はその日、適当なひもをそいつにつけて、即興
  犬小屋made of段ボールを作って玄関先に住まわせてやった。
   さて、この日我が家は家族会議なるものを開くこととなった。もちろん、犬の名を何に
  するか、という議題である。
  「さて、何にするか。」
   第一声は父親が放った。
  「かっこいい名前にしよう。カルスとか。」
   と言ったのはこの私。
  「名前負けせんかねぇ。」
  「っていうか、メスっぽくないって、それ。」
   と、ことごとく我が野望を阻止する母親&妹1(姉の方)。
  「チッチにしようや。」
   そう言って会議にピリオドを打ったのは妹2の一言であった。
   この名前は当時、アニメでも放送されてあった「タッ○」に出てくる小犬のことで、実
  際はチッチにしようかポッポにしようかとかなり議論が飛び交ったのであった。
   さて、我が家の子犬ことチッチの第1日はこうして幕を開けたのだが、初日早々、我
  が家の犬らしく早速イベントを起こしてくれた。
   先述したように、ペットを飼ったことなどなかったので、その日の奴のメシは牛乳とパ
  ンの耳という、今思えば非常にゴージャスなメシだったのだが、それは私が奴の食い
  っぷりを見ようと窓から外を見た時に起こった。
  「あ、メシ横取りされとる。」
   この一言で、(よくマンガにあるように)我が家の空気は瞬時にして凍り付いた。
   夜なのでいかんせんよく見えないのだが、確かに何者かが奴のメシを横から食ってい
  るのだ。それに対して子犬のチッチは、ビビって反抗のしようがない。
  「黒猫だ。」
   と、メシ泥棒を判別したのも私である。そやつは私が窓から「こりゃ」と一喝しただけで
  姿をくらませてしまった。
  「ったく、初日から愉快な奴だな、お前って。」
   そう言って私は外に出て、チッチの頭を撫でてやった。
   チッチ。類い希見るアホ犬の、我が家での最初の晩であった。
 
 



 

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