「ぽちょむ君兄さん!」
気が付けば、そこはルザリア城だった。 ぽちょむ君は、ハッと我に返るように妹の呼び声に応えた。それにしても頭が痛い。 「あ……ああ、何だいアルマ?」 「何だい……って、兄さん大丈夫? どこも怪我してない?」 「怪我?」 そこでぽちょむ君は、はじめて辺りの異変に気が付いた。 妙に静まり返っている。それも、嵐の前の、というよりは既に過ぎ去った感じのそれである。 彼は裏門から顔を出して見た。そして驚愕する。 そこには、いくつもの兵士の骸が横たわっていた。ナイトにモンク、いずれも屈強の兵士であることが一目で見て取れる。 しかし、どこを探してもあのザルモゥとかいう坊主だけは見つからなかった。 (ザルモゥ……? 待てよ、なぜ僕はその名前を知っているんだ。いや、それ以前に……) なぜその男がここに倒れているのではないのかという疑問を持った? 身震いした。そういえば、ここ小一時間の記憶がない。自分がその時何をし、何をされたか。それとそのザルモゥという男がどう関係しているのか。 「アルマ……さっきまでここで何が起きたか、説明してくれないか?」 「説明……って、兄さん覚えてないの?」 アルマは、ひどく驚いたようだった。 「異端審問官のザルモゥ様がやってこられて……兄さんのことを異端者と呼んだから私、反論したの。何で兄さんが異端者なのかって。そしたらあの兵士達が私を取り囲んで……1人が斬りかかってきて、もうダメだと思ったら兄さんが助けてくれて……」 「これを……僕がやったのか?」 ぽちょむ君は瞠若した。が、同時にわずかだが納得する。 どうやら自分は、妹の危機を目の当たりにして意識が飛ぶほど憤怒したらしい。ぽちょむ君は少し紅潮して頭を掻いた。 「……どうしたの、ぽちょむ君兄さん?」 「え、ああ何でもないさ、うん」 ぽちょむ君は、強い妹属性を持っていた。それはもう、やばいくらいに。 かつて、将来の妻にセルフィアを取るか妹を強奪するか迷ったほどだという。 (ちなみに妹属性は、ロリ属性には非ず) ぽちょむ君は、怪しげな笑みを浮かべて1人頷いた。そしてまた頭を掻く。 そう、ぽちょむ君はロリ属性もしっかり持っていた! (……悪かったな) そしていつもの1人突っ込みを済ませると、そこでまた我に返った。アルマがいない。 辺りを見回すと、彼女は城の奥へと進んでいくところだった。 「ちょ、ちょっとアルマ。何僕を置いていくんだよ?」 「え、いや別に置いていったってわけじゃないんだけど……それより兄さん、何か聞こえない?」 言われて、ぽちょむ君は耳を澄ました。確かに何か、響くような音が聞こえてくる。 「何だろう……ジャラ、ジャラッって聞こえる気がするけど」 「恐いよ、ぽちょむ君兄さん。何が起きてるの?」 妹に腕をつかまれて必要以上に鼓動が高鳴るのと同時に、なぜ妹から君付けで呼ばれなきゃならんのだと一瞬訝る。が、「君付け」の名前なのだから仕方がない。 ぽちょむ君は、アルマに腕をつかまれながら廊下を進んでいった。足を踏み入れるにつれて、不気味な音が大きくなっていく。 ――そして、音源のあるであろう部屋の前にやってきた。 ドアがわずかに開いている。音がよく聞こえてきたのは、このせいだろうとぽちょむ君はドアを閉めかけた。が、恐いもの見たさというやつで、ちょっとだけよと見てみることにして―― その直後、彼は奇妙な光景を目の当たりにした。そして、粋のいい声が聞こえる。 「ローンッ、リーチトイトイドラ5の倍満んっ!」 その男――ブッシュは声高々にそう叫んでいた。そしてガッツポーズを決める。 「おぉし、これでこの城は今日から我々のものですな!」 「やりますなぁ、てっきりいつもの平和だと思っとりましたが、最後にビシッと決めましたな」 そう、腕を組んで頷くのはマスターだった。ぽちょむ君は目をしろくろさせている。 「これは……一体、どういうことなんだ?」 「……ぽちょむ君か」 ブッシュの対面に座っている男が呟いた。ぽちょむ君の長兄、ダイスダーグだ。 「私は……取り返しのつかない過ちを犯してしまった。まさかこんな……」 「ま、頭脳明晰な軍師様でも、麻雀では我々に敵わなかったということですな」 頭を抱えるダイスダーグに、容赦ない一言を浴びせるブッシュ。 ぽちょむ君はまだ状況が把握できなかった。要は、兄達は賭け麻雀をしていたのか? 「ハーッハッハッハ!」 「ヒョーッヒャッヒャッヒュ!」 部屋には、ブッシュとマスターの笑いの不調和音がいつまでもこだましていた。というか、聴き難いのはマスターの笑い声がどこかずれていただけだった。 「……………………!」 セルフィアは光に包まれた。見事、全てのノルマをクリアして。 遂に彼女は、算術としての資格と頭脳を、天に認められたのだ。 「ようやく……これで……」 後は、算術を極めるだけだ。それで全ての者達を、彼女の前にひれ伏させることができる。 「それが叶ったら……やっとあのひとと……」 胸に手を当て、彼女は静かに目を閉じる。 そのまま、彼女は眠りについた。今は疲れを癒す時だ。 再び目を開ける時、それは歴史が大きく変動する時なのだから―― |