暗く・・・・冷たい氷壁。四方に囲むそれは、罪の分だけ高くなる。
   何十枚ものマスクをつけ、半割れの仮面をつける。それは自分への
   戒め。その中で一人、僕は自分を凍らせていく。激しい後悔と、深い
   孤独だけが雪のように僕の上に降り積もっていく・・・・・・・・
 
 
 
   それでも・・・・それでもどうか、君達だけは光の中へ・・・・・・・
 
 
 
   物心ついた頃から、手品が好きだった。子どもに夢を与え、大人に
   驚きを与える魔術。何もないところで生まれ、育ってきた僕にとって、
   唯一自分が生きることを証明できるもの。幼い頃、近くに住んでいた
   マジシャンにいろんなコツを教わり、何度も試して自分風にアレンジ
   してきたものは数え切れないほどある。魔法とはまた違う魔術。
   それが僕の生きている証。生きていられる唯一の術。
 
 
   二つの光。周りには何もなく、何も持っていない僕に降り注いで
   きた優しい二つの光。
 
 
   高校に入ってから僕が生きている中で、大切で心配でならない人間。
   僕の大事な親友、常貴。少し手が早くて困るけど、天然ボケで料理が
   上手くていつも微笑みを絶やさない友。穏やかで異性にもてる魅力
   的な彼は、僕にとって温かい光。制服も着ずに私服で高校に通い、
   手品やタロットカード占いに詳しく、それを生業にしている僕になんの
   偏見も持たず、常貴は友達になってくれた。常貴に始まり、後から
   義理兄弟となる篤貴、ヌエルーンヴァンパイアのヌエと皮肉屋で
   心理学者のグリちゃん。皆、僕にとって初めてできた友人達。
 
   ある日、常貴と篤貴と一緒に、僕は一つのクラブへ足を運んだ。
   そこに篤貴と交際していたひなげし君の妹が、歌手として出てる
   と聞いて来てみたのだった。何曲か歌が流れ、最後のステージと
   なったその時、静かに流れ出したジャズと共に彼女は出てきた。
 
   煌く銀色の・・・・ウエーブした長く美しい髪。シンプルで真っ白な
   ドレス。夢見るように見開かれた瞳。儚げな肢体と、透き通った
   柔らかい美声。僕は魅入られたように彼女から目が離せなかった。
 
 
   もう一つの僕の優しい光、それが彼女・・・・・・さつきだった。
 
 
   さつきはほんわかとした雰囲気を持ち、穏やかで限りなく優しく、限り
   なく美しかった。姉のひなげし君と違って病弱な彼女は、歌と花を
   こよなく愛する女性だった。そんな彼女に、僕はどんどん惹かれて
   いった。女性の前に出ることがどうもだめな僕は、最初、さつきに
   話しかけるのにもあがってしまい、常貴や篤貴、彼女の姉である
   ひなげし君までイライラさせ、もっと積極的に接しろとさとされた。
 
   その甲斐あって、やがて僕は想いを打ち明け、さつきと結婚し、子ども
   が産まれた。そんな時、僕は何のきなしにタロット占いをした。僕の
   占いは良く当たっていたし、はずれることはめったにない。その時は
   これから僕ら夫婦はどうなっていくんだろうという事を考えて、カード
   を引いた。今から思えば、たぶんそれが後悔の始まりだった。
 
   結果は悲惨だった。僕がいることでさつきの寿命がへり、さらに
   我が子にまで災いが降りかかるとまで出ていた。こんな悪い暗示
   が出たのは常貴のこれからを占った時・・・・・・近いうち禍を起こし、
   そこで大事なものを失うだろう・・・・という時以来のことで、僕は呆然
   とした。どうしたらいんだろう・・・・・一体どうすれば・・・・・頭の中で
   そんな思いがつのり、僕は必死で思考を巡らせた。このままでは
   本当にそうなってしまうかもしれない・・・・・・それなら。
 
 
   『楷?・・・・・・? どこへ行ったの、楷都!!』
 
 
   愛する者の声を背に、僕は我が家を出た。子どもが産まれて三ヶ月、
   何度占っても結果は同じだった。それなら僕が二人から離れるしか
   ない。それで彼女が少しでも生きられるのなら・・・・・・可愛い我が
   子を辛い目にあわせる事がなくなるなら・・・・・・・そう願って。
   でも、胸はつぶれそうだったし、心ははり裂けそうだった。それでも
   覚悟を決めて、最後にもう一度、僕は自分の居場所だったところを
   振り返った。今も愛しい妻・・・・・かけがえのない我が子・・・・・・
   もう二度と、会うことのない僕の家族。仮面とマスクを外し、僕は
   初めて本当の涙を零した。
 
 
   『さようなら・・・・・・・さつき。どうか、僕を忘れて今度こそ幸せに
   なれる誰かと出会って。そして、僕らの子を・・・・・葵をよろしく。』
 
 
 
   それから何年もの歳月が流れ、僕は自分の魔術団を創り、様々な国
   へ飛んでいた。そんな時、風の噂で常貴が裏世界のボスとなり、妻と
   別れ、また結婚したものの、事故でなくしたという噂と、篤貴がひな
   げし君に死なれ、今は自分の医院を開いているというのを耳にした。
   それを聞き、僕は会いに行きたかったが日本に行く機会もなく、また
   さつきのことを思い出してどうしても足を向けることができなかった。
 
   そしてようやく日本へ来た時、常貴は裏とは別に喫茶店で働いて
   いた。そしてそこには、もう会うこともないと思っていた最愛の息子、
   葵が働いていた。こっそり店主であるマスターに聞くと、さつきは
   葵の幼いうちに死んでしまったらしい。でも、葵の周りには優しい
   仲間と愛する少女がいて、本当に幸せそうだった。淳貴や常貴とも
   何年かぶりに話し、自分や子ども達も順調に仕事をこなしている
   ことや、特に常貴は少々年齢が離れているものの、今度こそ大切に
   したい愛する者がいることも知った。さつきは死んでしまったけど、
   その血を引き継いでいる葵も親友の常貴も、今は温かい光を受け、
   幸せにしている・・・・・・それが何より嬉しかった。
 
   そして日本から離れる時。クリスマスの雪が降る中で、僕はその
   喫茶店の外で窓から中を覗いた。楽しそうに、嬉しそうに微笑み
   ながら料理を作る常貴。仲間にからかわれながらも、いきいきとして
   いる葵。そんな幸せそうな二人にプレゼントしようと、僕はとっておき
   のマジックを使った。
 
   純白の冬の使い達と共に落ちる、白い薔薇の花びら。僕がさつき
   にプロポーズした時に送った、真っ白な薔薇の花びらをこの場所
   にふりまいた。どうか、枯れることなく消えることなく、二人の幸せ
   が降り積もるように・・・・・・・・・
 
 
 
   僕の大事な息子、葵・・・・・・僕のたった一人の親友、常貴・・・・・・
   僕は君達の側にいることはできない。僕が側にいればまた君達を
   苦しめ、禍を招くだろうから。僕はもう、身も心も全て暗く冷たい
   氷河に浸かっている。これ以上、君達から光を貰うことはできない。
 
 
   僕は昔も今も・・・・・そしてこれからも、後悔と孤独の鎖で自分を
   縛り、深く冷たく何もない氷海の中へ沈んでいくだろう。そこには
   一片の光もない所なんだ・・・・・・たぶん、人生が終わるまでは
   そこから出ることも許されない。それが、僕の罪なんだよ。君達を
   苦しませ、さつきを救ってあげられなかった僕の罪・・・・・・
 
 
   でも、君達はもういいんだ。苦しみ、悩んでいろんなものをなくして
   いった君達は、もう光に溢れる場所へ行っても・・・・いいんだよ。
 
 
 
   祈るから・・・・・・どうか君達が、光の中で人生を歩けるよう・・・・・
   僕は一生、氷海の底まで落ちていって・・・・・・・何もかも冷たく凍え、
   死んでもかまわないから・・・・・どうか・・・・・どうか幸せに・・・・・・・
 
 
 
 
   さつき・・・・・・こんな僕に包み込むような優しさと光をくれた君を、
   今でも僕は愛している・・・・・・・それが唯一、僕を導く小さな光。
 
 
   祈るよ・・・・・時は流れ、魂は巡り廻っていくとしても・・・・・君の魂が
   幸せになることを・・・・・・・僕と君が愛した薔薇のように・・・・・白く
   美しい未来が君の中で花開くように・・・・・・・・・
 
 


  
 1番弟子こと白夜さんの、短編です。
 僕はどうも「短編を書こう」と思っても、ダラダラと書いてしまうのですが、
 彼女の場合は主なシーンを写真のように掻い摘んでうまくまとめています。
 その中でも、特に感情表現に秀でています。
 これで、彼女自身の人生経験に磨きを掛け、世界観がもっと広がると、
 凄い作品が描けそうです。
 


 
 
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