高松 太郎 (坂本 直なお

(1842〜1898)





龍馬の甥(長女 千鶴の子)、龍馬没後、跡目を継ぐ。
土佐勤王党に参加し、のち 海舟門下〜亀山社中〜海援隊
に至るまで終始、龍馬と行動を共にした。
早くから 蝦夷地経営については関心と抱負をもち建白書も
提出している。

函館府権判事、東京府典事、宮内省雑掌、舎人
などを歴任し、判任官七等となる。
明治22年、非職を命ぜられ 高知へ戻り、弟 直寛の家に同居、
晩年 不遇のうち 57才で病没。

妻子は、北海道移住。その一子、直衛は、外国航路の
船員となったが、大正10年(1921)3月 太平洋上で死亡している。
ここで龍馬と海援隊の系譜も、途絶えることとなるのである。


個人的な情報をもっと欲しい人でした。
亀山社中時代、グラバーとの交渉にあたるなど、
かなりの仕事をしているので、
細かい資料を御存知の方教えて下さい。





※ 坂本 直寛・・・・・龍馬の甥、高松太郎の弟。
板垣退助らの、自由民権運動家として
活動の後、北海道で開拓事業を興す。
晩年、牧師、又 今の世に
坂本家の血筋を継ぐ人となる。



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