無機質な色で構成された長い廊下。
      薄暗い照明。
      駆ける、父と子。
      定めから、逃れるために。
     「ハッ・・ハッ・・」
      1km強あろうかという程の道のりを休みもなく走り続けている。
      今のところ、追手の姿は、無い。逆に、それが不気味だった。
      父親は胸騒ぎを覚えていた。
      長い廊下の終着点が見えた。不意に父親は立ち止まる。
     「神琉・・・」
      子の名を呼び、止まるように促す。
      息を切らし、走り続けて来た子は、徐々に足を止める。
     「・・・どうしたの・・・の?外に・・・出ないの?」
     「・・・神琉、これを・・・」
      問いに答えもせずに、父親は息子に数枚のディスクを渡す。
      すぐに息子の表情は疑問のものへと変わる。
     「・・・?これって・・・」
      半ば押し付ける形で息子へと渡す。
     「それを持ってお前はここから出るんだ。・・・・・そして」
      父親の目に強い意志が宿った。
     「――・・それを・・・消せ!」
      徐々に息子の目が動揺に揺れてくる。
      これは、父さんにとって・・・大事なものではなかったのかと。
     「・・・父さんっ!?なんで・・・っ」
      父親の口調は突き放したようなものになった。その口調の
      陰に、我が子への想いが見え隠れする。
     「さあいけ!時間が無い・・・行って・・・お前は・・――」
      その言葉に、全ての想いがこもる。
     「自己を解放するんだ・・・自由になれ!」
      長い廊下にその言葉がこだまする。
      自由になれ!
      ずっと、憧れていた、外の・・・世界。
      だが、次の瞬間それは、絶望へと変わる。
     「おや、ここにおられましたか・・・」
      追っ手。さっきまではなんの影形も無かった・・・
      父親の表情がさっと変わる。胸騒ぎは的中したのだ。
     「・・・・・・ネスタリス・・・!?しまった・・・もう?」
      血の気の引いたその表情が焦りへと変化する。
      時間が・・・ない。
      絶望に支配された息子は、ぼそぼそと何事か繰り返している。さらに焦りは募る。
     「・・・オレ・・には・・・」
      追っ手は一人ではない。その中の一人、ネスタリスと呼ばれた男が父親に問うた。
      息子の持っている、数枚のディスクのことを。
     「・・・ご子息にそれを渡して、何をするつもりです・・・?」
      言葉が終わるか終わらないかの時、他の数名の追っ手が威嚇のため、構えた。
     「――これが何を意味しているか・・・よく、お解りですか?総帥。」
      嫌な笑いを浮かべ、男は勝ち誇ったかのように言った。
      後ろはロックされた扉。前には追っ手。
     「・・・・・・くっ」
      苦しみの父の声に我を取り戻した息子は、父を呼ぶ。
     「!父さんっ」
      それを聞いたのか、父は意を決した。
     「神琉!私のことなどどうでもいい、だから・・・それを・・・。 早く行け!」
      どうせ、二人で逃げることは不可能なのだから・・・
      一向に投稿する気配の無い相手に、しびれをきらしたのか、男は叫んだ。
     「貴方は・・・自ら破滅に向かっている!ここでの栄光を捨て・・・あの女の元へと行こ
     うとしている・・・」
      嫉妬の言葉ともとれる男の叫びを半ば無視し、再度息子に言う。
     「神琉・・・!何をしてるんだ・・・!?」
     「・・オレには・・・オレには・・」
      かぶりを振り、ためらいを見せる。・・離れたく、ない。そんなふうに。
      さらに男の言葉は続いた。
     「・・・それ即ち・・・――」
      相手の異変に気づく。
      息子は漸く父の意を解し、扉に手をかけていた。
     「・・・待て!失敗作風情に何ができる!?」
      ―――失敗作・・・だと・・・?
     『僕が・・・た―――』
      誰かの声の後、自分の中で何かが切れる音が聞こえた。
      息子は叫んでいた。
     「・・・邪魔を・・・するなぁーーーっっ!」
      私の邪魔を。僕の邪魔を。
      ゆれる、気。押し寄せる圧倒的な、力。
     「!!」
      先頭の男以外の追っ手はすべて吹き飛ばされた、床に叩きつけられる。
      男は驚愕の表情とともに声をだした。
     「・・・なっ・・・」
      唯一床の激突を免れた男であったが、徐々に圧迫されてゆく。
      それとほぼ同時に父親も恐れともとれる感嘆の声を漏らす。
     「・・・これほどまでに・・・?」
      息子の力を知っていたのか・・・。
      男は反撃に出た。
     「さ・・せる・・・かっ・・!」
      だがそれは、目の前の圧倒的な力の前では、実に微々たるものだった。息子の表
     情が嘲笑へと変わる。
     「・・・私にかなうとでも思っているのか?」
      唇のはしを歪め、嘲り笑う。
      今度は父親が驚愕した。・・・息子、ではない。他の誰かだった。
     「・・・・・神琉?」
      息子は父の問いには答えなかった。
      手をかざし、空気中の僅かな水分を凝縮し始める。
     「・・・去ね」
     「!?」
      刹那。
      男に、無数の氷の刃が襲い掛かる。その全てが、男の身体に吸い込まれるように
     突き刺さる。一瞬にして男は血だるまとなる。四方に血が飛び散る。
      父親は唯、それを凝視するしかなかった。恐るべき『それ』の発露を。
     「・・・っ!」
      全身を氷の刃が覆った。しかし、男は・・・立っていた。
      そして、執念の一撃をあびせる。
     「死ぬ・・・ものかぁ・・・!」
     「・・・・・・!」
      その一撃は、かすっただけだった。息子の顔に紅い筋をつけた。
      男は壮絶に笑みを浮かべる。見る者に、寒気を覚えさせる笑みを。
     「・・・おぼえていろ・・・・・いつか、お前に、悪夢を与えてやる・・・」
     「・・・・・・」
     「我らが主に・・・栄光あれ・・・!復活の刻は・・・もうすぐだ・・・!」
      恨みの言葉と、主をたたえる言葉を発し、男は意識を失った。
      それと同時に、息子も意識を失った・・・―――
 
 
 


 
 これも2番弟子こと、慧霧さんの作品です。
 以前、彼女の家に行った時に見せてもらったものなのですが……
 確かに、癖のある書式って印象はあるのですが、その分、読み手を引きつけるものはある
 と思います。
 また、自分は短編を書けないというのもあって、こういう『印象強い場面のみの抜き出し』
 というのは、すごいなぁ、と思うんですよねぇ……。
 


 
 
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